抗てんかん薬フェニトイン(PHT)の副作用である歯肉増殖症の発症要因は未だ不明な点が多く、新しい視点からのアプローチが必要である。申請者は、PHTがヒト歯肉線維芽細胞(HGF)において細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇を引き起こすという点に着目し、Ca2+蛍光指示薬Fura-2を使ったライブセルイメージング解析によって、PHTがHGFの主要なCa2+排出機構であるNa+/Ca2+交換体を抑制し、ATPやヒスタミンによるCa2+シグナルを増強することを明らかにした。 そこで本研究は、薬物性歯肉増殖症(DIGE)を起こす薬物と生理活性物質との相互作用によって発生するCa2+シグナルの解明と、それによる遺伝子発現の制御機構の解明を目的とした。これを実現するために、はじめに薬物と生理活性物質の相互作用によって発現変化する遺伝子を、次世代シークエンサー(NGS)を用いた網羅的遺伝子解析で同定した。結果として、コラーゲンの増加およびシグナル系に変化を及ぼす遺伝子がPHTによる歯肉増殖に関与する可能性が明らかになった。複数のタイプのコラーゲンの発現上昇とプロコラーゲン I N-プロテイナーゼ やMMP12など、コラーゲン分解に関与する酵素の発現低下がみられた。さらに興味深いことに、MKI67など細胞分裂に関与する多くの種類の分子の発現の低下がみられた。これはPHTによるDIGE発症のメカニズムが、コラーゲンの代謝異常によるものである可能性を示唆している。またPHTによってHGFにおけるIL16やプロスタグランジンなど炎症メディエーターの発現が増加したことから、PHTによってHGF内で炎症反応および抗炎症反応が生じている可能性が考えられた。本研究の結果は、DIGEの発症や増悪のメカニズム解明のために新たな展望が期待できると考えられる。
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