法医学分野において、死後経過時間を推定することは極めて重要な事項である。しかしながら、現段階では死後経過時間の推定には確固たる指標が存在せず、種々の情報を組み合わせることで推定に至っている。そこで、本研究では新たな死後経過時間推定のための1つの指標確立を目的とし胃内容物に着目した。これまで胃内容物を用いた死後経過時間の推定は行われているものの、視覚的情報等を基にした主観的な要素が強く確固たる指標になるとは言い難い。よって本研究では、胃内容物を用いた客観的な推定方法の確立を目指すものである。具体的には、質量分析法を用いて、胃内容物に含まれる食物の消化分解過程で出現するアミノ酸等の一次代謝産物を同定し、それらの経時的な挙動変化を確認することで迫ろうとするものである。 分析に使用する胃内容物のサンプルは、法医解剖時に胃内容物として認められることが多く、日本人の主食である米飯とした。まずは室温にて人工胃液と米飯を反応させたものを経時的に分析した。結果として、一部のアミノ酸等の発現については、統計学的有意に経時的な変動が認められたことから、これらの方法で分析することにより、推定指標の1つになり得る可能性が示唆された。米飯の消化に関係が深い消化酵素はその働きに対して温度が影響を与える。そこで次に、実際のご遺体内の状態に近づけるために死体現象の1つである経時的な体温下降を模した状況で、各時間における同様の解析を試みたが、室温で同時間反応させる系での結果と統計学的な差は見られなかった。
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