研究課題
腹膜播種を伴う進行卵巣癌に対する有効な治療法は未だに確立されておらず、腫瘍の病勢を制御することで難治性を打破する新たな治療戦略が期待される。申請者らはこれまでに進行卵巣癌腹膜播種において、腫瘍微小環境を構築する卵巣癌関連腹膜中皮細胞(ovarian cancer-associated mesothelial cells: OCAM)を同定し、卵巣癌細胞とOCAMとの異種細胞間クロストークにおける細胞外基質の重要性を明らかにして来た。本研究課題では、基課題で樹立した腹膜中皮細胞を特異的に標識する遺伝子改変実験動物モデルを用いて、卵巣癌腹膜播種における細胞外基質の総体である腹膜マトリソームを、オーストラリア・アデレード大学に所属するCarmela Ricciardelli博士との国際共同研究により解明することを目的とする。最先端のプロテオミクス分析機器および解析技術を有する同施設の手法を用いて、基課題の目的である進行卵巣癌の病勢制御を、腹膜マトリソームを標的として発展させ、腹膜という宿主環境の再生による卵巣癌新規治療戦略の開発を試みる。本年度の研究により、腹膜中皮細胞を特異的に標識したWT1CreERT2/+;ROSA26fstdTomatoマウスに対して、ID8-ip6細胞株を腹腔内へ移植し、その後セルソーターにより標識されたOCAMを抽出した。一細胞RNAシーケンスを目的とした予備実験の結果、WT-1陽性の中皮細胞において、腹膜播種の影響で各種の間葉系マーカー発現が変動することが判明した。さらにnu/nuマウスに対して卵巣癌細胞株OV90を異種移植し、マウス蛋白特異的な発現状況を解析するマトリソーム(細胞外基質)解析を行った結果、複数種類のコラーゲンの発現変化が確認され、卵巣癌腹膜進展と線維化との関連を紐解く糸口となる可能性が考えられた。
2: おおむね順調に進展している
本年度の研究により、当初の研究課題2項目に該当する内容に関する成果を挙げることができたと考える。①卵巣癌腹膜播種を促進するOCAMが“癌の味方”へと形質転換する際の分子生物学的メカニズムを、腹膜マトリソームに特化して解析することを第一の目的とする: WT1CreERT2/+;ROSA26fstdTomatoマウスによる腹膜中皮細胞リネージトレーシングを用いて、腹膜表面に発現する卵巣癌細胞とOCAMとの相互作用で生まれる腹膜マトリソームのダイナミックな変動を捉えるために、ID8-ip6細胞株を腹腔内へ移植し、その後セルソーターにより標識されたOCAMを抽出した。フローサイトメトリーを用いて評価したところ、WT-1陽性細胞に間葉系マーカーが複数陽性となることが確認され、中皮細胞の間葉転換に伴う癌間質の形成を証明した。これらの細胞を用いてRNAシーケンス、一細胞RNAシーケンスを行うことで、マトリソーム関連遺伝子の発現状況を確認することを目指す。②大規模ケミカルライブラリーを用いて探索するOCAM化抑制物質が、細胞・動物レベルにおいて腹膜マトリソームへ与える影響を評価する: ハイスループット・ケミカルライブラリースクリーニングを行うため、正常中皮細胞とOCAMとを識別するためのマーカー探索を行い、標的分子Xを特定した。本分子のレポーター系を用いて、スクリーニングシステムの構築を目指し、施設内への知財申請準備を行った。新型コロナウイルス感染状況の拡大に伴う社会情勢や、学内における申請者の業務より、今年度内での渡航は実現できなかった。一方申請者が指導教官として研究監督を行っている大学院生1名が国際共同研究機関であるアデレード大学Ricciardelli博士の研究室に留学を予定することとなった。現地・遠隔での研究実施体制を構築し、引き続きの研究遂行に努める。
本年度に得られた成果をもとに、さらに予定の研究内容を推し進める。①の系譜追跡においては、セルソーターにより標識された腹膜中皮細胞のみを抽出し、RNAシークエンスや一細胞RNAシークエンスを行うことで、癌性腹膜炎により生じたOCAMの変化を、マトリソーム関連遺伝子を標的として解析する。②の候補物質探索においては、上述の知財開発をさらに進めるとともに、ハイスループット・ケミカルライブラリースクリーニングを行うことで、新規の治療候補物質の同定を行うことを目標とする。
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すべて 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 6件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (18件) (うち招待講演 2件)
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