研究課題/領域番号 |
22221003
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研究機関 | 独立行政法人海洋研究開発機構 |
研究代表者 |
原田 尚美 独立行政法人海洋研究開発機構, 地球環境変動領域, チームリーダー (70344281)
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研究分担者 |
菊地 隆 独立行政法人海洋研究開発機構, 地球環境変動領域, チームリーダー (30359153)
白岩 善博 筑波大学, 生命環境科学研究科(系), 教授 (40126420)
木元 克典 独立行政法人海洋研究開発機構, 地球環境変動領域, 技術研究副主幹 (40359162)
田中 裕一郎 独立行政法人産業技術総合研究所, 地質情報研究部門, 主幹研究員 (50357456)
岸 道郎 独立行政法人海洋研究開発機構, 地球環境変動領域, 招聘上席研究員 (90214767)
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研究期間 (年度) |
2010-05-31 – 2015-03-31
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キーワード | 北極海 / 海洋生態系 / 国際情報交換 / カナダ |
研究概要 |
【現場観測班】ノースウインド深海平原において海洋地球研究船「みらい」を用いて、セジメントトラップの設置回収ならびに水塊の物理化学観測を実施した。回収されたセジメントトラップ係留系により、2011年10月から2012年9月分までの沈降粒子試料が得られた。約60-80%が粘土鉱物(粒径5-30マイクロm)で、有機物含有量は5-20%程度であった。また、有機物の主要構成粒子は植物プランクトンの珪藻であり、この沈降量は北太平洋亜熱帯における珪藻の沈降量に匹敵する量であることがわかった。St.NAP近傍で2004-2005年に実施されたセジメントトラップ観測から、夏には生物生産はほとんど起きていないことが知られている。北太平洋亜熱帯域は、貧栄養で生産の低い海域として知られるが、本研究の結果は、ノースウインド海嶺付近が生物不在の不毛地帯から北太平洋亜熱帯域に匹敵するほどの生物生産可能な海域に変わりつつあることを示す貴重な成果と言える。 【海洋生態系モデル班】海洋生態系モデルを利用してこの海域に特徴的な沿岸流・渦活動・湧昇などの背景物理場が低次生態系に果たす役割を明らかにするシミュレーションを実施した。結果、西部北極海に多く存在する中規模渦が鉛直対流が活発で、栄養塩や粒子に富んだ亜表層の水塊を表層へともたらす効果があること、このことにより基礎生産にプラスの影響を及ぼしていることを突き止めた。 【培養、飼育班】世界で初めて北極海産の円石藻Emiliania huxleyiの単藻単離培養株を確立することに成功した。培養実験の結果、最適成長水温が20℃であるも、低温耐性を持ち、北極海のような低温下において生産可能な特殊な株であることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで北極海カナダ海盆側は不毛地帯と考えられ、海氷が無くなったとして本当に生物生産が増えるのか疑問視されてきた。本研究のセジメントトラップの結果から、当該海域の生産は低いなりにも北太平洋亜熱帯域に匹敵する珪藻の沈降量を示していることがわかった。さらに年間を通じて特に結氷期に生じる珪藻の最大沈降量を説明するメカニズムとして巨大温暖渦の形成が重要であることがわかってきた。渦によって生物ポンプが駆動されるというメカニズムは、北極海で全くわかっていなかった新しい二酸化炭素吸収機構の発見である。この成果を2013年1月に開催された北極海研究の国際シンポジウム(ISAR-3)の基調講演で発表させていただく機会を得た上、ElseviorのGlobal and Planetary Change誌上でレビュー論文執筆の依頼を頂くなど、国際的にも高い評価を受けている。 また、培養、飼育班によるマイクロフォーカスX線装置を用いた0.8マイクロmのサイズまで解像度を高めた炭酸塩骨格密度測定法の開発は、世界がしのぎをけずる海洋酸性化研究において、いち早く定量化に成功した。このことは大きなブレークスルーと言える。 招待講演のみならず招待論文の執筆依頼があるなど、どの研究も質の高い成果であるとコミュニティから評価していただいている点は予定以上の成果が出ているといえるかもしれない。ただ、1年目のSt.CAPのセジメントトラップ係留系が回収されなかったという事実は重く考えており、想定外のリスクにも目配りするべきであったことは反省すべき点である。現在、対策を講じて設置し、少なくとも2年分St.CAPとSt.NAP2地点間の比較研究はできることから、十分に挽回可能である。以上のことから、全体を見渡して「当初の目標に向けて順調に研究が進展しており、予定通りの成果が見込まれる」を自己評価とした。
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今後の研究の推進方策 |
【現場観測班】北極域の海氷厚や海洋(水温・塩分・流向流速)構造及び海氷面積変化の把握のため、航海を実施し、海氷・海洋物理観測係留系設置を行う。CTD/採水観測を実施し、水温・塩分・栄養塩・化学トレーサー(全炭酸、アルカリ度、pH、酸素同位体比)を分析し、空間分布を明らかにする。26年度も25年度同様の観測を実施する予定。4年間の北極海の物理場の季節、年変動の傾向を把握し北極海海洋環境変化の機構解明を行う。 海洋生産量の時系列変化の把握のため、時系列セジメントトラップを回収し、再設置を行う。回収された沈降粒子試料は分割し、生物起源粒子の組成、陸源粒子の組成分析を行う。26年度は、物理・化学環境変化と生物地球化学データとを比較検討し、生態系が海氷融解や水中の環境変化に対する応答をまとめる。 【精密培養、飼育班】海氷融解に伴う低次生産者の生理機能の応答把握のため、円石藻種の単離と培養を継続する。低塩下ならびに温度変化との相乗効果による生理機能変化を調査する。26年度は、22年度から蓄積してきた生理活性変化データ全体を解析し、海氷融解時の円石藻の動態変化を解析する。浮遊性有孔虫飼育実験は、マイクロX線CT法を用い、二酸化炭素濃度の変化に対する応答を殻密度形成の観点で実施する。同手法による沈降粒子中から採取される炭酸塩骨格動物プランクトンの海洋酸性化応答の季節、年変化について解析する。 【海洋生態系モデル班】本研究で開発した海洋生態系モデルによる現場の低次生態系の生産変化の記述を行う。また、将来、夏の海氷がなくなることを想定し、海面での短波吸収量、海氷融解に伴う淡水フラックス、海氷海洋間応力などの増減が海洋生態系に及ぼすインパクトに関して各種感度実験を通じて評価し、海洋生態系の生産構造について近未来予測を行う。
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