研究課題
我々のこれまでの研究から、マイナス鎖一本鎖RNAウイルスは同種のウイルスでも病原性の違いや細胞の種類によって、感染後に誘発される遺伝子発現動態に違いが生ずるという結果を得ている。本研究では、牛疫ウイルスを中心としたモービリウイルスとニパウイルスについて、感染に起因する宿主細胞応答の転写制御ネットワークおよび蛋白相互作用を、新技術と情報統計学的手法を用いて網羅的・体系的に解明することを目標とする。本年度は、昨年達成したウイルス感染後の転写制御ネットワークの構築をin vitroでvalidationするために、同定された転写因子群の活性変動を模擬的に再現することで、実際にウイルス感染後の細胞の転写動態を再現するかどうかを検索した。また、モービリウイルスは細胞種特異的な宿主応答を誘導することから、上流転写因子群からのシグナルの伝達の差を、標的細胞での活性化動態を指標に解析した結果、転写因子複合体ファミリーのサブユニットの一つが細胞種特異的な活性化を担っている事が示され、さらにこの活性化動態にはウイルスアクセサリー蛋白が関与することを証明した。この違いが最終的な下流の転写動態の大きな違いを生み出すと考えられた。一方で、本年度はもう一つの大きな命題であるニパウイルスの宿主特異的な転写制御ネットワークの解析に着手することができた。ゲノム情報の乏しいブタをヒトと並列して解析するために、RNA-seq法を導入し、ヒトとブタの細胞株へウイルス感染後に細胞内で発現する全mRNA量の変動を網羅的に測定した。そして差の見られた遺伝子についてアノテーションを行ない、どのようなpathwayが転写制御を受けるかを検索した。その結果、両細胞共に激しい遺伝子発現の変動が見られたが、変動した遺伝子がほとんど重複しないという予想外の結果が得られた。
2: おおむね順調に進展している
昨年度までにウイルス感染後に生ずる宿主細胞の広範な転写制御ネットワークの再構築を行ない、その結果、感染初期に大きく活性が変動する転写因子群と、感染後期に転写活性が特異的に低下する転写因子群からなる極めてシンプルな構造をとる宿主転写ネットワークが構築された。本年度は、このネットワークのvalidationのための様々なin vitro試験を行い、その結果、ネットワーク最上流の転写因子群の活性化により下流の転写因子群が抑制されることなど、一連の感染後転写動態の再現が確認され、ほぼすべてのvalidation試験が構築したネットワークを証明することとなった。これらの結果は、個々の遺伝子発現とそれを担う転写因子単体の活性を検索する従来の手法では解明できなかったものであり、転写制御の包括的解析における本解析法の優位性が示されたと考える。さらに、本年度はニパウイルスの転写制御ネットワークの解析試験に着手することができた。その結果、予想に反してヒトとブタの細胞株間で転写変動に大きな差があるという興味深い知見が得られた。変動した遺伝子のアノテーションを行った結果、多岐にわたるpathwayで発現上昇/低下が誘導されることが判明し、モービリウイルス感染とは異なる転写制御ネットワークを持つことが推察された。ニパウイルス感染後の宿主転写動態を解析した報告はこれまでになく、フランスBSL4施設を利用できる本研究グループの優位性であると考えられる。全体として、当初の研究計画に加えて、これまでモービリウイルスおよびその近縁ウイルスでは全く報告のなかった宿主応答を明らかにし、またモービリウイルスとニパウイルの特徴的な病態への関与が強く示唆される現象を複数明らかにしたことから、おおむね順調に進行していると考える。
モービリウイルスの転写制御ネットワーク解析に関しては、今後の研究の推進方策に特段の変更はない。本研究課題の第一の目標であるウイルス感染後の転写ネットワークの再構築を達成したことから、これら転写因子群のウイルス感染後の修飾状態を検索し、細胞種特異的な宿主応答へどのように関与するかをより詳細に明らかにする。さらに、宿主細胞応答に関与するウイルス側蛋白と病原性への関連を解明するために、組換えウイルスを作出し性状解析を行う。一方、もう一つの大きな命題であるニパウイルスの転写制御ネットワークの解析では、より宿主特異性に焦点を絞った解析をする必要があると考える。そこで、自然宿主であるオオコウモリの細胞も加え、同細胞種における動物種間での転写制御の差異を抽出することで、宿主特異的な転写ネットワークを構築する。特に、ニパウイルスのアクセサリ蛋白が動物モデル試験系において致死・非致死を決定する因子であることが我々の研究から明らかになっており、宿主特異性とアクセサリ蛋白の関与を立体的に解析する事で得られる知見は極めて大きいと考えられる。モービリウイルス、ニパウイルス共に、アクセサリ蛋白がそれぞれの特異的病原性発現に大きく関与する事が明らかになったことを受けて、感染後ウイルス蛋白と相互作用する宿主蛋白の網羅的解析を開始しており、当該蛋白との結合能を有する宿主蛋白を同定したうえでウイルス生活環における関与や病態発現への関与機序を明らかにする予定である。持続感染成立に関与するメカニズムの解析としては、これまでに樹立したN蛋白発現Tgマウスについて、病態発現機序を引き続き解析しており、細胞機能の一つが亢進することが示唆されている。この現象を解明することで、モービリウイルスの特徴的病態発現解明に大きくつながることが期待される。
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