研究課題
抗生物質汚染のない自然環境でも薬剤耐性菌,耐性遺伝子が広く分布することが知られてきた.特定の薬剤種に対応する耐性遺伝子は,1対1の対応で出現するだけではなく,対応する薬剤以外の汚染や抗生物質以外の化学物質汚染によっても引き起こされる例が知られつつある.本研究の目的は,環境細菌が抗生物質を含む複数の化学汚染物質で誘導され,発生した耐性菌(遺伝子)が人へのリスクになるか否かを明らかにすることである.作業仮説としては,耐性遺伝子の水平伝播が複合的汚染によって促進されるか?,またその伝播が環境細菌からヒトの病原菌や腸内細菌へ伝播するのではないか?,という2つを立て,これらの検証を試みる.平成24年度にはバナジウムが海洋細菌Vibrioから大腸菌へのテトラサイクリン耐性遺伝子tet(M)の水平伝達を促進する効果があることを報告した.薬剤耐性遺伝子の伝達に及ぼす金属の影響が一般的に起こるものかどうかを知る事は,複合汚染のリスク要因か否かを決める上で重要である.平成25年度は水圏環境からの日和見感染菌として各国で問題視されているアシネトバクターから環境細菌への耐性遺伝子伝達に焦点をあてた.実験では養豚場排水から分離されたサルファ剤耐性遺伝子sulが水圏環境中で汽水・海水環境でビブリオ属細菌へ伝達されるか否かをしらべた.その結果,種々の実験条件下でもアシネトバクターの場合はバナジウムの遺伝子伝達促進効果は認められなかった.菌種,金属種,伝達因子などによって異なることが示唆された.
1: 当初の計画以上に進展している
金属汚染による耐性遺伝子水平伝達への影響という初めての発想の研究課題を遂行した.バナジウムの環境中濃度とテトラサイクリン耐性率に相関が見いだされ,実験的にもバナジウム存在下での耐性遺伝子tet(M)のビブリオから大腸菌への水平伝達が促進される傾向にあることが明らかにされた.一方で,アシネトバクターからビブリオへのsul遺伝子の伝達は促進されず,菌種・金属種・伝達因子等の組み合わせによって一般論化はまだできない事が分かった.また,台風によって撹乱された水圏環境での薬剤汚染と耐性菌出現率および耐性遺伝子の定量を行なった.これまで主に耐性遺伝子研究は培養菌において行なわれてきたが,今回は環境中全群集から精製したDNAを用いて解析したところ,培養不可能菌が環境中で特異な耐性遺伝子保有実態を示すことが分かった.以上の主たる2つの成果はこれまでにない研究成果である.くわえて,様々な環境における薬剤耐性遺伝子への暴露リスクを減ずる対策を提言論文として発表した.
薬剤耐性の発生においては複合汚染が影響することが知られており,薬剤排出ポンプの誘導が主な機構である.しかし,本研究では遺伝子水平伝播への影響が示唆され,これはこれまでにない成果である.また,海水中では非培養菌が耐性遺伝子リザーバとなっていることが分かった.これも全く新規の成果である.これらを踏まえて,今後は培養可能な動物や人の病原菌・腸内細菌が環境中へ放出された場合に,それらに担われる耐性遺伝子が水圏環境でどのような動態を示すかを明らかにし,環境からの耐性遺伝子暴露リスクを定量化することが必要であろう.そのためには,本研究課題が終了後も,バイオインフォーマティクス解析,マイクロコズム系での遺伝子水平伝達実験,および極低濃度の耐性遺伝子残存への効果などについて新たな展開研究を進める計画である.さらに,本研究の過程で構築した世界各国の薬剤耐性遺伝子研究者らとともに,国際ネットワークを広げ,社会への提言,政策策定への提言を行なっていく計画である.
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