研究課題/領域番号 |
22241016
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研究機関 | 国立医薬品食品衛生研究所 |
研究代表者 |
能美 健彦 国立医薬品食品衛生研究所, 安全性生物試験研究センター, 客員研究員 (30150890)
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研究分担者 |
増村 健一 国立医薬品食品衛生研究所, 変異遺伝部, 室長 (40291116)
安井 学 国立医薬品食品衛生研究所, 変異遺伝部, 主任研究官 (50435707)
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キーワード | 閾値 / 遺伝毒性発がん物質 / トランスリージョンDNA合成 / DNAポリメラーゼζ / 突然変異 |
研究概要 |
遺伝毒性に基づいて発がん性を示す遺伝毒性発がん物質には閾値が存在しないと考えられており、どのように低用量であってもヒトに対して発がんリスクを負わせるものとして行政的な規制が行われている。しかし、ヒトには各種の生体防御機能が具備されており、低用量域においては、遺伝毒性が減弱され「事実上の閾値」が形成される可能性がある。本研究では、遺伝毒性(突然変異)誘発に関わるトランスリージョン型DNAポリメラーゼの一つであるDNAポリメラーゼζ(ゼータ)(以下Polζと略)を遺伝的に改変したヒト細胞株およびマウスを作製し、遺伝毒性の閾値形成機構について検討することを目的としている。 平成23年度は、(1)ヒトNalm-6-MSH+細胞を用いて、Polζの2618番目のロイシンをメチオニンあるいはフェニルアラニンに置換したノックイン細胞株L2618MとL2618Fを樹立した。L2618Mは野生型細胞より高い自然突然変異頻度を示し、DNA合成の忠実度が低下していることが示唆された。L2618Mは、benzo[a]pyrene diolepoxide(BPDE)、紫外線(UVC)の突然変異誘発作用に対して、野生型細胞よりも高い感受性を示した。ミスマッチ修復機能を回復させたNalm-6-MSH+株は、ミスマッチ修復能を欠いたNalm-6細胞と同等の遺伝子ターゲティング効率を示した。 (2)C57BL/6マウスを遺伝的背景にして、Polζの2610番目のロイシンをメチオニンに置換したノックインマウス(L2610M)と2771番目のチロシンをフェニルアラニンに置換したノックインマウス(Y2771F)のES細胞を樹立した。マウスPolζのL2610MはヒトPolζのL2618Mに対応しPolζのDNA合成の忠実度が低下し、Y2771FではDNA合成活性が低下していると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、遺伝毒性発がん物質の閾値形成機構におけるDNAポリメラーゼζ(Polζ)の役割を明らかにすることを目的としており、Polζを遺伝的に改変したヒト細胞株、ノックインマウスを樹立し、遺伝毒性物質に対する感受性を、低用量域において、野生型細胞、野生型マウスと比較する。ヒト細胞は一般に遺伝子ターゲティング効率が低いと言われているが、本研究で用いるNalm-6株は、例外的に高いターゲティング効率を示す。平成23年度は、ミスマッチ修復機能を回復させたNalm-6-MSH+細胞を用い、PolζのDNA合成における忠実度を支配すると考えられるロイシン2618をメチオニンあるいはフェニルアラニンに置換した細胞株(L2618M, L2618F)を作出することをめざし、両細胞株の樹立に成功した。L2618Mの自然突然変異頻度は野生型細胞よりも上昇しており、予想通りDNA合成の忠実度が低下していることを示唆した。また、ヒトのL2618Mに対応するマウスPolζを発現するノックインマウス(L2610M)およびPol活性が減弱したノックインマウス(Y2771F)の樹立をめざし、そのES細胞を樹立した。しかし、ES細胞を作製する過程で、遺伝子導入を確認するためのサザン解析の実験条件等を変更する必要が生じたため、平成23年度予算のうち300万円を24年度に繰り越した。平成23年11月には、参加者約200名を得て、東京において「第二回遺伝毒性発がん物質の閾値に関する国際シンポジウム」を開催し、研究成果を発表した。ES細胞の樹立に時間を要したものの、ヒト細胞の研究は予定通りに進んでおり、マウスについても計画通り2種類のES細胞が樹立できたことから、これらまでの研究はおおむね順調に進捗していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度は、ヒトPolζのDNA合成活性が減弱したD2781N細胞、PolζのDNA合成の忠実度が低下したL2618M細胞の臭素酸カリウムに対する感受性を、TK遺伝子突然変異、in vitro小核形成、姉妹染色分体交換を指標に比較検討する。特に、低用量域での用量効果曲線を詳細に検討することで、閾値形成におけるPolζの役割について検討する。臭素酸カリウムは、小麦粉の改良剤として、最終製品には残存しないことを条件に現在も食品添加物としての使用が認められているが、ラットに飲水投与すると腎臓に酸化DNA損傷を誘発し、腫瘍を形成する。臭素酸カリウムをはじめとする酸化損傷遺伝毒性物質に関して閾値が存在するかは議論の多いところであり、樹立したヒト細胞株での結果は、国際的に注目されている。マウスに関しては、樹立した2種のES細胞からキメラマウスさらにヘテロF1マウスの樹立を試みる。平成24年7月に英国で開催される英国環境変異原学会(UKEMS)のシンポジウムにおいて、遺伝毒性発がん物質の閾値に関する招へい講演を行う予定である。また平成24年11月にスイスで開催されるスイス・トキシコロジー学会において福島原発事故との関連で低用量放射線および低用量発がん物質のリスク評価について招へい講演を行う予定である。
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