研究課題/領域番号 |
22241016
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研究機関 | 国立医薬品食品衛生研究所 |
研究代表者 |
能美 健彦 国立医薬品食品衛生研究所, 安全性生物試験研究センター, 客員研究員 (30150890)
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研究分担者 |
増村 健一 国立医薬品食品衛生研究所, 変異遺伝部, 室長 (40291116)
佐治 哲矢(鈴木哲矢) 独立行政法人労働安全衛生総合研究所, 健康障害予防研究部, 研究員 (20573950)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 閾値 / 遺伝毒性発がん物質 / トランスリージョンDNA合成 / DNAポリメラーゼζ / 突然変異 |
研究概要 |
突然変異は確率的な事象であることから、遺伝毒性発がん物質はどのように低用量であってもヒトに対して発がんリスクを負わせるものと考えられている。だが、日常で曝露される低用量域においては、生体防御機構により遺伝毒性が抑制され「事実上の閾値」が形成される可能性が考えられる。本研究では、遺伝毒性(突然変異)誘発に関わるトランスリージョン型DNAポリメラーゼの一つであるDNAポリメラーゼζ(ゼータ)(以下Polζと略)を遺伝的に改変したヒト細胞株およびマウスを作製し、遺伝毒性の閾値形成機構について検討する。 平成24年度は、(1)ヒトNalm-6-MSH+細胞を用い、Polζの2781番目のアスパラギン酸をアスパラギンに置換(D2781N)し、DNA合成活性を減弱させたノックイン細胞と野生型細胞を用い、臭素酸カリウムの遺伝毒性に対する感受性をTK遺伝子突然変異、in vitro小核形成を指標に検討した。その結果、突然変異に関しては、D2781Nが野生型細胞よりも高い感受性を示し「閾値」様の用量効果曲線を示したが、小核形成に関しては両者が同等の感受性を示し、直線閾値無しの用量効果曲線を示した。この結果から、閾値形成に及ぼすPolζの役割は、遺伝毒性の指標により異なることが示唆された。ミスマッチ修復機能を回復させたNalm-6-MSH+細胞に関する論文をPLoS ONEに出版した。(2)Polζの2610番目のロイシンをメチオニンに置換したノックインマウス(L2610M)と2771番目のチロシンをフェニルアラニンに置換したノックインマウス(Y2771F)のES細胞からキメラマウスを作出した。L2610MではPolζのDNA合成の忠実度が低下し、Y2771FではDNA合成活性が低下していると考えられる。L2610Mについては、キメラからF1が得られたが、Y2771FのF1は得られなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、遺伝毒性発現に重要な役割を果たすDNAポリメラーゼζ(Polζ)を遺伝的に改変したヒト細胞、マウスを樹立し、低用量域での遺伝毒性発がん物質に対する感受性を野生型細胞、野生型マウスと比較することで、遺伝毒性発がん物質の閾値形成に及ぼすPolζの役割について検討することを目的としている。このために、遺伝子ターゲティング効率の高いNalm-6細胞を用い、PolζをコードするREV3遺伝子を欠失させた細胞株、Polζの活性中心部に存在するアミノ酸を他のアミノ酸に置換した細胞を作出する。また、Polζの活性や忠実度に影響を与えると考えられるアミノ酸を置換したノックインマウスを樹立する。平成24年度は、DNA合成活性の減弱したD2781N細胞を用い、その臭素酸カリウムに対する感受性を検討し、Polζの影響が遺伝毒性の指標により異なることを示唆した。ミスマッチ修復機能を回復させたNalm-6ヒト細胞株の樹立に関しては、論文をPLoS ONEに発表した。また、マウスに関しては、平成23年度予算を平成24年度に繰り越したが、これにより2種類のキメラマウスを樹立することが出来た。2種のキメラマウスのうち、2771番目のチロシンをフェニルアラニンに置換したマウス(Y2771F)は変異が生殖細胞に伝わらずF1を樹立することができなかったが、Polζの2610番目のロイシンをメチオニンに置換したマウス(L2610M)は変異が生殖細胞に伝わり、F1ヘテロを得ることができた。上記の結果に鑑み、これらまでの研究はおおむね順調に進捗していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は、PolζのDNA合成活性が減弱したD2781N細胞、PolζのDNA合成の忠実度が低下したL2618F細胞の臭素酸カリウムおよび重クロム酸ナトリウムに対する感受性を、TK遺伝子突然変異、in vitro小核形成、姉妹染色分体交換を指標に比較検討する。特に、低用量域での用量効果曲線を詳細に検討することで、閾値形成におけるPolζの役割について検討する。臭素酸カリウムおよび重クロム酸ナトリウムは、DNAに酸化損傷を起こすことにより、遺伝毒性、発がん性を示す。遺伝毒性発がん物質の閾値に関する研究は、国際的に広く重要性が認識されるようになって来ており、平成25年7月に韓国で開催される国際トキシコロジー学会(ICT2013)、平成25年11月にブラジルで開催される国際環境変異原学会(11th ICEM)においてシンポジウムを開催し、研究成果を発表して、国外(米国、英国)講演者等と討論を行う予定である。また、マウスについては、F1ヘテロが樹立できたL2610Mについてホモ体を作出し、突然変異のレポーター遺伝子を組み込んだgpt delta マウスと交配する。交配したマウスについては、遺伝子突然変異、小核形成、姉妹染色分体交換を指標に野生型マウスと比較検討する。
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