本研究の目的は、有機芳香族分子系固体への電子(あるいはホール)ドーピングによって、芳香族分子系固体の電子状態を制御し、超伝導を始めとする新規な物性を発現させることにある。22年度においては、アルカリ土類金属原子であるCaをドーピングしたピセン固体(Ca_<1.5>picene)において超伝導転移を観測した。その超伝導転移温度は、アルカリ金属ドープ超伝導体の低い方の超伝導転移温度7Kと同じであった。すなわち、この系では、挿入金属原子の種類を変えても超伝導転移温度は変化しない、すなわち、化学的な圧力効果が極めて小さい系であると結論できる。また、物理的な圧力をK_3picene(7K超伝導体)に印加したときのdT_c/dpは-0.3K GPa^<-1>で非常に小さい。圧力効果が小さいことは、後に述べるように、ヘリングボーンスタックしたピセン分子の作る面の狭い空隙中に、K原子が挿入されるので圧力を印加しても格子の縮小が起こらず、状態密度に変化が生じないのでT_cは変化しないと解釈可能である。K_3piceneのX線粉末回折パターンから格子定数を求めるとcの縮小が起こり、ヘリングボーンスタック分子面の間には挿入されていないことがわかった。また、bも縮小しているが、唯一aのみが拡張している。このことは、分子面(ab面)のaを拡張させる位置にKが挿入されていることを強く示唆している。v_<21>とv_<22>に対応するラマン散乱ピークは、分子の価数を関数としてプロットすると価数の増加とともにソフト化することがわかった。K_3picene試料では3個の電子がピセンに移動したときに予想されるピーク位置に、実際のピークが観測され、仕込み値と実際の金属原子の量とに差がないことがわかった。また、電子の直接ドーピングのためのFETの研究についても遂行した。これらの研究結果は、世界初の芳香族炭化水素超伝導体の性質を明らかにし、さらに高いT_cを実現するために重要であり、芳香族炭化水素超伝導という研究分野を作り上げるための基礎となる。
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