ATP 合成酵素のF1 モーターは、極めて高い効率でATP 加水分解のエネルギーを回転運動に変換する分子モーターである。そのため、生体分子機械による化学-力学エネルギー変換のしくみを理解するうえで理想的な研究試料といえる。しかし、「なぜF1が高効率で化学エネルギーを力学的仕事に変換できるのか?」という根源的課題は解かれていない。その原因は、これまでの1分子計測が回転子γに集中していた一方で、肝心のトルク発生部位であるβサブユニットの構造変化とそれによるトルク発生との関係が不明なためである。そこで本研究では、トルク発生ユニットを1個しか持たない単気筒 F1を開発する。さらに、βの構造変化に伴うトルクを実測し、さらにβの構造を直接操作する系を開発する。そして、この二つを組み合わせることで、「βの触媒反応・構造・トルクの関係」を明らかにし F1モーターのトルク発生のメカニズムを解明する。 研究項目1「βの新しい計測・操作技術の開発」 βの1分子操作の基盤となる技術開発をおこなった。回転子γに長鎖DNAを接続し、DNAを糸巻きのように巻き取ることで2本鎖DNAの曲げ弾性の計測に成功した。本結果はNucleic Acids Researchに掲載された。 研究項目2「単気筒F1の開発と応用」 F1モーターのトルク発生に関わる、betaサブユニットc末にあるhelix-loop-helix構造をアミノ酸置換により破壊した。具体的には22残基のアミノ酸をGlyに変換したところ、その発生トルクは50%低下した。本発見は、有意に回転トルクが減少した変異としてBiophys Jに掲載された。本結果で得られた変異体とWTのハイブリッドF1を作成することで、単気筒F1を作成する。 以上のことより、1分子の局所操作技術を開発し、局所操作可能なF1も開発できた。今後はこれら変異体の操作を実際に行いたい。
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