胚盤葉上層から、神経系の原基である神経板が生み出されるための幹細胞群の制御機構を研究した。その制御機構は、前部神経板(Sox2遺伝子のエンハンサーN2が関与)と後部神経板(Sox2遺伝子のエンハンサーN1が関与)とで異なる。 胚盤葉上層(Epiblast)に由来するEpiSC細胞株を用いて、胚盤葉上層から神経板に発生する過程を分析した。その間に主要なPou転写因子が、Pou5f1(Oct3/4)から、Pou3f1(Oct6)をへてPou3f2(Brn2)に置き換わることが、重要な転写制御の変化である。その間、転写因子遺伝子Sox2の発現が、Pou因子の作用に依存したエンハンサーN2の活性によって維持される必要がある。異なったPou因子がその活性をリレーする形で、エンハンサーN2の活性を確保している。 後部神経板は、胚盤葉上層から直接に生み出されるのではなく、神経板と沿軸中胚葉の共通の前駆体である「体軸幹細胞」の状態を経る。体軸幹細胞は、Nodeよりも後側に位置し、原条の両側に配置される上層の細胞群である。エンハンサーN1は、体軸幹細胞で活性を持つが、その細胞群のうち、原条を通って中胚葉層に移行(原腸陥入)した細胞では、N1の活性が遮断される。Tbx6遺伝子のノックアウトマウス胚では、沿軸中胚葉のかわりに脊髄が発生するという現象を手がかりにして、体軸幹細胞の制御を明らかにした。Tbx6ノックアウト胚では、体軸幹細胞が、中胚葉層に移動したあともエンハンサーN1の活性が遮断されることなく持続してしまった結果、Sox2が発現されて異所的な脊髄を作る。野生型胚の中間層でSox2を強制発現すると、Tbx6が働いている状況下でも、Sox2の作用によって中間層で神経系を生み出すことができる。Tbx6は、エンハンサーN1の活性を抑制する作用と、中胚葉を生み出すこと自体に必須の機能を持つ。体軸幹細胞では、Sox2とTbx6という2つの転写制御因子の活性のせめぎ合いの結果によって、後部神経板、沿軸中胚葉への発生が選択される。
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