研究課題
原発事故による水産物の放射能汚染が喫緊の社会問題となっているため、本年度は当初の予定を変更し、主に魚類におけるカリウム(K)およびセシウム(Cs)の排出に関する研究を実施した。まず主要な浸透圧調節器官である鰓に着目し、海水馴致ティラピアを用いて、鰓におけるK+排出の有無を検討した。K+と反応して不溶性の沈殿を形成するテトラフェニルほう酸を、生体から切り出した直後の鰓に反応させたところ、塩類細胞の外界への開口部に顆粒状の沈殿を得た。この沈殿をエネルギー分散型X線分析に供した結果、Kを多量に含んでいることが判明し、魚類の鰓塩類細胞がK+を排出することが初めて明らかとなった。さらに、塩類細胞に存在するK+排出の分子機構を解明するため、陸上生物の腎臓等でK+の輸送を行うことが知られるK+輸送体、ROMK、Maxi-K、 KCC1、KCC2、KCC4をティラピアで同定した。その後、淡水、海水、高K+人工海水に馴致したティラピアの鰓で、上記遺伝子の発現量を定量した。その結果、ROMKのみが環境K+濃度依存的に有意な発現上昇を示し、鰓でのK+排出に重要な役割を持つことが示唆された。次に、生物の体内で同族のK+と類似した挙動を示すことが知られるCs+に着目し、K+排出経路を介してCs+が排出される可能性を検討した。海水馴致ティラピアの鰓を切り出し、入鰓動脈にCs+または同族のRb+を含んだ平衡塩類溶液を注入し、K+の検出方法と同様の手法に供した。その結果、鰓の塩類細胞の開口部に同様に沈殿が形成され、沈殿部における特性X線分析により、Cs+およびRb+の存在が明らかとなった。この結果は、K+の排出と同様の経路で、魚体内より放射性Csが積極的に排出される可能性を示すものである。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、1)魚の浸透圧調節器官における水・イオン輸送機構を明らかにし、2)得られた基礎科学的知見をもとに魚の育成の効率化という実践的展開へ発展させ、さらに3)その成果を基礎研究にフィードバックして検証しようとするものである。これまで順調に研究成果を挙げてきたが、こうした中、原発事故による水産物の放射能汚染が喫緊の社会問題となった。そのため本年度は当初の予定を若干変更し、主に魚類におけるカリウム(K)およびセシウム(Cs)の排出に関する研究を実施した。なお、この変更は浸透圧調節研究を実践的応用研究に展開するという本研究の理念にかなうものである。
今後は鰓の塩類細胞によるカリウム/セシウム排出のメカニズムをより詳細に解明する。今年度の研究により、塩類細胞からカリウムおよびセシウムが排出されることが証明された。そこで次年度は、カリウムおよびセシウムの排出を担当する塩類細胞のサブタイプを特定するとともに、真骨魚のカリウム排出メカニズムを利用して放射性Csで汚染された魚の除染技術開発の可能性を検討する。また最終年にあたり、これまでの研究成果を総括する。
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