研究課題/領域番号 |
22251009
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
常木 晃 筑波大学, 人文社会系, 教授 (70192648)
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研究分担者 |
久田 健一郎 筑波大学, 生命環境系, 教授 (50156585)
谷口 陽子 筑波大学, 人文社会系, 助教 (40392550)
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キーワード | 西アジア / 新石器時代 / 社会の複雑化 / 都市化 / ザグロス南部 |
研究概要 |
本研究の計画段階で主対象に考えていたシリア北西エル・ルージュ盆地所在テル・エル・ケルク遺跡の調査研究については、平成22年冬季までは順調に進行していたものの、平成23年春から始まったシリア内戦のため、現地調査を中断せざるを得なくなっています。そのため、平成23年度から主な調査対象地をイランのザグロス南部アルサンジャン地区に変更して、同地区にある旧石器時代~銅石器時代までの先史時代遺跡を対象に、本研究の主目的である先史時代の社会の複雑化と都市化についての現地調査を実施しています。 平成23年11月および平成24年3月にアルサンジャン地区で実施した現地調査では、アルサンジャン市南東10kmにある巨大な洞窟であるA5-3遺跡の発掘調査を実施しました。同発掘の成果で本研究に特に関係深いのは、続旧石器時代から原新石器時代へ続く文化層の発掘であり、社会の複雑化の原因となった新石器化をザグロス南部地域で考察するための新たな資料が得られています。ザグロス南部地域の新石器化に関しては、2005年-2007年に本研究の代表者らが実施したアルサンジャン地区北西30kmほどに所在するタンゲ・ボラギ地区での発掘成果により、農耕よりも牧畜に依拠した新石器化仮説が提唱されていますが、A5-3遺跡の調査はこの仮説の検証に重要な役割を果たします。現地調査の成果については、国際会議で発表するとともに、一次調査については概要報告をすでに出版しています。 シリアのテル・エル・ケルク遺跡の調査成果の整理研究も精力的に進めています。これについては、シリアから研究者を招聘して共同研究も行っています。同遺跡の新石器時代の共同墓地や集落構造などについて国際会議で発表するとともに、論文やプロシーディングとして発表しています。調査成果の全体像については、本報告書出版の準備も進めています。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の調査地として考えていたシリア北西部エル・ルージュ盆地での調査がシリア内戦のために調査地の変更を余儀なくされてしまったことは、本研究の実施にとり様々な障害となっていることは事実です。しかし幸いにも平成23年以来今一つの対象地域であるイラン南部アルサンジャン地区で現地調査を継続することができており、特に旧石器時代から新石器時代にかけての新石器化の問題については、当地域での発掘調査の成果によって新たな新石器化過程の検証に向けての道筋が見えてきています。 アルサンジャン地区のA5-3遺跡で発掘された続旧石器時代から原新石器時代にかけての文化層の中では、植物ではアーモンド・ピスタチオ・エノキなどの利用が認められるだけで、コムギなどの炭化種子はほとんど存在しません。それに対して動物相では、続旧石器時代から原新石器時代にかけて、それ以前のウマ科の動物主体の狩猟対象獣が、ガゼルやヒツジ/ヤギに変換していく様相が、動物考古学者のマルジャン・マシュコル、植物学者の丹野研一らの現地での調査研究で判明してきました。こうした様相は、シリアのテル・エル・ケルク遺跡出土遺物などに基づいて判明している、早くからコムギ・オオムギ・マメ類の利用の証拠が見られるレヴァント地域とは大いに異なります。それらの比較研究を行うことで、レヴァントと南イランの大いに異なる新石器化の過程が、それぞれの環境への適応と人間集団の志向に基づいていることが分かり、それはまたその後の社会の複雑化の在り方に大きな違いをもたらすのです。 それ以後の都市化へ向かう社会の複雑化に関しては、ケルク遺跡のあるルージュ盆地ではある程度筋道だって説明できるようになりました。したがって、アルサンジャン地区でのこの過程を説明するための考古学的証拠の収集が、本研究の次のステップになると考えています。
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今後の研究の推進方策 |
アルサンジャン地区での現地調査については、上述のように新石器化までの社会の複雑雑化についての道筋は明確になってきました。しかし、新石器化後の集落の巨大化と複雑化については、洞窟以外のタッペ型遺跡の調査研究が必要であり、アルサンジャン地区に所在するタッペ型遺跡の踏査研究を遂行していくための協議を、現在イラン政府文化遺産工芸観光省研究所との間で進めています。アルサンジャン南西部のクル川流域の平原部には、大型~小型のタッペ型遺跡が多数所在することが判明していますが、それぞれについてはまだ詳細な時期などが把握できていないために、これらの遺跡の調査研究に早急に取り掛かりたいと考えています。 シリアでの調査成果に関しては、日本隊として現地に赴くことは現在のところ不可能ですので、現地での資料調査などを行っているシリア人研究者を日本に招へいして、共同研究を進めていく新たな研究形態を模索中です。遺物や人骨などそのものを日本に運搬することが困難な場合は、レプリカを作成して持ってくる方法なども考えています。すでにシリア人若手研究者を代表者のいる筑波大学に大学院学生として受け入れており、他の研究者の受け入れも積極的に行っていきたいと考えます。 社会の複雑化と都市化についての新たな仮説を考古学的証拠に基づいて検証していくことが本研究の目的です。現地調査で行っているレヴァントと南イランという全く異なる環境にある同時代の遺跡のあり方を比較検討していくことで、南メソポタミア社会とは異なる社会の複雑化、都市化を提唱できるように研究を進めます。
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