研究課題
長期記憶は、記憶内容が海馬に入力された後、しばらく時間を経てから、側頭葉新皮質内に固定され、記憶痕跡が形成されると考えられている。しかし、その記憶痕跡がどのようにして形成されるのか、また、この記憶痕跡が記憶の想起においてどのような役割を果たすのかについては、ほとんど解明されていない。この研究は、ヒト側頭葉内における長期記憶痕跡の形成機構、および、その記憶痕跡の記憶想起メカニズムに対する役割を解明することを目的とする。今年度は、記憶課題の最適条件を決定し、MRIスキャンによるデータの取得および解析を開始した。AとBというペアをトレーニングにより憶えたのち、AをみてBを想起する、という対連合記憶課題を用いた。2カ月以上前のトレーニングにより形成された古い記憶痕跡と、30分程度前に形成された新しい記憶痕跡を比較した。使用する視覚刺激を顔と建物の2種類とした。この2種類の視覚対象は、情報処理を担当する感覚野が、それぞれFFAとPPAという別の領域に分かれていることが知られており、顔と建物の想起という2条件間で比較することに適している。また、脳活動の領野間の相互作用を個々の被験者ごとで調べるために、1条件あたり30ペアに増やし、十分な自由度で計算した。3テスラMRIでデータ取得を開始した。現在までの解析の結果、顔と建物に共通の記憶痕跡が側頭葉前部にあり、顔と建物それぞれ別の記憶痕跡が側頭葉後部にあることが分かった。これは、顔と建物に共通の痕跡と、顔と建物を別にコードする痕跡が、それぞれ側頭葉の前方と後方領域に分かれて存在することを示した知見であり、これらの領域がどのように相互作用して記憶を取り出すかを解明する手掛かりとなることが期待される。
2: おおむね順調に進展している
微小脳領域の境界描出法の開発、記憶課題の最適なデザインの決定、MRIスキャンによるデータ取得とデータ解析の開始など、計画が概ね予定通り進んでおり、来年度の研究計画へ変更なく移行できると考えられるから。
今後、記憶課題のMRIデータをさらに解析し、領域間の相互作用を明らかにすることで、側頭葉内のどのような神経機構が記憶の想起に関わっているかを解明する。また、睡眠中の脳波と記憶痕跡形成の関係や、微小脳領域の境界描出法を用いて側頭葉内の機能領域構造を調べることにより、記憶の形成と想起の神経機構を統合的に理解すべく研究を進め、研究成果をまとめる。
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Neuroimage
巻: 54 ページ: 3085-3092
10.1016/j.neuroimage.2010.10.066