脳に生じるイルージョンを利用してリハビリテーション治療効果を得ようとする鏡治療などの療法は、臨床応用され、効果のあることが報告されているが、その作用機序は未明である。本研究では、①一側上肢を運動させ、その動作を鏡に映して反対側上肢に重ねて見ることで、反対側上肢を司る大脳皮質運動野にどのような活動変化が生じるかを、脳磁場計測法を用いて検索した。また、脳卒中などの脳血管障害によって一度失われた自身の身体イメージを再形成することは、適応的な認知機能を早期回復するために重要であることから、②自身の手とゴム製手に同期して刺激を与えるとゴム製手を自身の手のように感じるラバーハンドイルージョンを利用して、イルージョン形成に関連して活性化する脳領域について磁気共鳴機能画像法を用いて検索した。さらに、③脳イルージョン形成に働く脳機能をより精密に解析するために、ラットにイメージを喚起する刺激を与え、大脳皮質ニューロンの活動を微小電極法を用いて観察した。 その結果、①動作をしている上肢を鏡に映して反対側上肢に重ねて見ることで、反対側上肢を司る大脳皮質運動野に強い活性化が観察された。このことは、健常側の上肢の運動を鏡に映して障害側の上肢に重ねることで、障害上肢を司る運動野を活性化できることを示しており、運動野の活性化が治療効果に結びつく可能性を示唆している。②イルージョン形成時に、特異的に活性化する前頭前皮質の特定領域の脳活動が観察された。このことは、前頭前皮質の特定領域が脳イルージョン形成に関わることを示唆している。③動物が、恐怖や不安を記憶したときのイメージを喚起していると考えられる状況で、前頭前皮質の特定領域でニューロン活動の上昇が観察された。これらのことから、前頭前皮質の特定領域が脳イルージョンの発生において中心的役割を担い、運動野や大脳辺縁系へ出力している可能性が考えられる。
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