炭酸カルシウムは文化遺産に多様な用途で使われる素材である。とりわけ建築材料として用いられる場合は、建築物の表面化粧材料や目地などに多用される。屋外に曝されるこれらの炭酸カルシウム系材料は生物的劣化作用を受け、美観だけではなくその文化財的価値を著しく損なっている。本研究は炭酸カルシウム系材料が用いられた文化財に着生した生物による影響について、菌類、細菌類、藻類などの微生物および蘚苔類に焦点を当てて、国内外で調査を実施した。海外の調査地はカンボジア、ベトナムをはじめとする東南アジアやメキシコ、中米である。サンプリングが可能な資料については生物学的分類を進めると同時に、基物との着生状態を解析するために着生界面の縦断面の検鏡試料を作成した。この構造、材料調査に必要な機器類のうち蛍光顕微鏡観察アタッチメントを導入し、染色液やフィルターのセッティングを行ない、PAS染色観察や走査型電子顕微鏡観察と共に基物材料への生物の穿入深さや密集度の調査を行った。基物材料に関わる生物由来の化合物としてシュウ酸カルシウムを代表とする生物の二次代謝産物による反応生成物や地衣成分の同定を行なった。遺跡がその立地から受ける影響を定量化するために自然環境調査を数か所の遺跡で開始し、温度、湿度、光量子、濡れ特性などを測定項目とした。 また炭酸カルシウム系材料への生物着生試験を行うために、歴史的材料(合成樹脂を用いていない)による漆喰サンプルを製作した。次年度から暴露試験および保存修復を見据えた薬剤試験などを開始する予定である。
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