がん細胞に特異的な細胞分裂機構を同定するために、紡錘体や中心体等の制御に関わる141個の遺伝子について、ヒトのがん組織における発現解析を行なった。その結果、がん組織で二倍以上の発現亢進が見られた遺伝子のなかで、7種すべてのがん組織で亢進していた遺伝子は9個、6種のがんでの亢進が10個、5種のがんでの亢進が5個であった。 Transforming acidic coiled-coil 3 (TACC3)は、上記の発現解析において、大腸がんと卵巣がんを含む6種のがん組織で過剰発現していた。また、p53欠損マウスに自然発症する胸腺リンパ腫において遺伝子を欠損させると腫瘍が退縮することが明らかになった。さらに、家族性大腸腺腫症(FAP)のモデルマウスを用いて検討しところ、顕著な腫瘍抑制効果とそれに伴う延命効果が認められた。卵巣がん由来の培養細胞を用いたライブイメージングでは、Tacc3の阻害により中心体微小管が選択的に阻害され、多極紡錘体が生じることが明らかになった。これらの結果は、Tacc3の阻害による紡錘体形成の阻害機構は、既存の微小管阻害剤とは異なる事を示しており、新たながん治療標的分子として期待される。 本研究では、上記のがん組織における発現解析により同定された遺伝子のコンディショナルノックアウトマウスの作製を進めた。それらの中には、ホモ接合体が正常に発生し、かつ生殖能力も有し、正常組織では明らかな異常を示さないノックアウトマウスが含まれていた。さらにがんモデルマウスとの交配によりがん組織で発現が亢進していることも確認され、ヒトがん組織での遺伝子発現を再現していた。これらの結果は、本研究課題で作製された様々なノックアウトマウスが、個体レベルでのがん研究に極めて有用であることを示唆している。
|