研究課題/領域番号 |
22310038
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研究機関 | 独立行政法人日本原子力研究開発機構 |
研究代表者 |
鹿園 直哉 独立行政法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 量子ビーム応用研究センター, 研究主幹 (10354961)
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研究分担者 |
赤松 憲 独立行政法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 量子ビーム応用研究センター, 研究副主幹 (70360401)
樋口 真理子 独立行政法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 量子ビーム応用研究センター, 任期付研究員 (90370460)
村上 洋 独立行政法人日本原子力研究開発機構, 原子力科学研究部門 量子ビーム応用研究センター, 研究員 (50291092)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 複雑損傷 / 難修復性 / DNA分子構造 / 分子動力学計算 / テラヘルツ分光 |
研究概要 |
本年度は複雑損傷の分子構造に関する研究並びに損傷をもつDNA分子の分子動力学計算において成果を得た。 複雑損傷の分子構造に関する実験においては、前年度までに確立した10nm以内の距離にある脱塩基部位を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)により検出するDNA損傷分析法を用い、放射線によって誘発される脱塩基部位の空間分布を調べた。Co-60γ線、ヘリウムイオン(2MeV/u)、カーボンイオン(0.37 MeV/u)の3種類の放射線を乾燥DNA薄膜に照射し、脱塩基部位に特異的に結合する蛍光分子プローブ間のFRET効率を測定した結果、γ線とヘリウムイオンのFRET効率はランダム分布のFRET効率と有意差はないが、カーボンイオンのFRET効率はランダム分布のFRET効率に比べて有意に高いことを明らかにした。これらのことは、カーボンイオン照射によって脱塩基部位のクラスターが生じていることを示している。複雑損傷の誘発が放射線の線質に深く関与することを実験的に示した重要な知見である。 分子動力学計算においては、鎖切断と8-オキソグアニンからなる複雑損傷をもつDNA分子と8-オキソグアニンを除去する機能をもつFpgタンパク質の結合安定性を調べるための計算を行った。その結果、鎖切断末端がFpgタンパク質と接する位置にあるとき、Fpgタンパク質と複雑損傷の結合力が低下することが明らかになった。この計算結果は、複雑損傷の難修復性の解明につながる学術的意義の高い成果であり、今後の研究を進める上で非常に重要な知見となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
複雑損傷の難修復性に関する知見を得るため、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)現象を利用したDNA損傷分布の測定法、任意の損傷配置を有する複雑損傷の生物影響の測定法及び揺らぎや曲がりを測定する分子動力学計算コードを確立し、それを用いて重要な研究成果を得つつある。DNA損傷分布の測定に関しては、カーボンイオンによって誘発される脱塩基部位がランダムな空間分布に比べてクラスター化していることを明らかにした。放射線誘発DNA損傷がクラスター化していることを実験的に示すことができたことは学術的意義が高い。複雑損傷の生物影響の測定に関しては、これまでDNAの修復合成が複雑損傷を含むDNA分子の複製効率や突然変異誘発頻度に深く関与することを明らかにし、複雑損傷の生物影響メカニズムに関して重要な知見を得つつある。さらに、分子動力学計算では、損傷をもつDNA分子と修復酵素の結合に関しての計算を行い、複雑損傷と修復酵素の結合力が低いことを明らかにすることができた。これらの成果からわかるように、複雑損傷の研究を多面的に進めることができており、DNA損傷の空間分布や分子構造に基づいた修復効率や生物作用の機構解明への手がかりが得られ始めている。今後は、細胞模擬条件下での放射線誘発DNA損傷の空間分布を明らかにするとともに、複雑損傷の分子構造に基づいた修復効率や生物影響を調べる研究を進め、得られた結果を総合的に解析することで複雑損傷の難修復性の原因に迫っていく。研究はおおむね当初の計画通りに進展している。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題では、実験及び計算シミュレーションという2つの異なるアプローチにより複雑損傷の難修復性を明らかにすることを目指して研究を進めている。実験及び計算手法の確立がなされ、放射線によって誘発される複雑損傷の分子構造、複雑損傷と修復タンパク質との相互作用等に重要な知見が得られつつある。今後は、細胞内条件下で生じる損傷DNAの分子構造の解明、及び、複雑損傷の生物作用に影響を及ぼす因子の特定、に焦点を絞り、複雑損傷の難修復性の原因について明らかにしていく予定である。 本研究課題でのテーマの一つとして、高分子の骨格伸縮、変角、ねじれなどのマクロな振動を測定することが可能なテラヘルツ分光を用い、複雑損傷の分子構造に対する知見を得ることを目指した研究を行ってきた。これまで、発生テラヘルツ波の高強度化、光学系の調整等によりテラヘルツ信号検出のための最適化を図るとともに、新たな試料セルを作製する等、DNAの吸収スペクトルを得るための研究を進めてきたが、DNA水溶液でのスペクトル測定は水分子の吸収が大きく容易ではないことが明らかになってきた。今後はDNA濃度を高めて吸収スペクトルを測定する予定である。水溶液系のテラヘルツ分光は非常に挑戦的な課題であることはある程度想定済みであり、損傷を有するDNA分子はもとよりDNA分子そのものの分光測定ができない可能性は残ってはいるが、複雑損傷をもつ分子のダイナミックスに関する情報は分子動力学計算により補完することが可能であると考えている。
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