最終年度の平成24年度には、ブレイクが自らの複合芸術作品に頻出させた「血」にどのような意味を込めたかを解明することに、全力をあげた。 ブレイクが「彩飾詩」と名づけた一連の複合芸術作品(詩+絵が合体した芸術)には、「血」は熱っぽく、力をこめて描かれている。ブレイクは血にこだわった。多くの詩行に「血」(blood)という語を登場させただけでなく、後期の彩飾詩になると、ほとんどのページに血を連想させる赤褐色の線や点を使い、血(血管)そのものを描き出したのである。 ブレイク研究は「血」の意味を解明することに努めてきた。しかし、ひとつの問題がある。解明されてきた「血」が、ブレイクの「血」の全体ではなく、ほんの一面だけに限定されてきた、という問題である。解明された「血」は、「社会的な血」と呼びうるもので、社会の犠牲になった者、社会に反逆した者が流す血だった。 じつはブレイクの「血」は、そうした「社会的な血」のほかに、後期になるにつれて頻出するようになる「セクシュアルな血」が存在するのである。その「セクシュアルな血」は、ブレイクの作品制作が『ヨーロッパ』『アメリカ』から、『ユリズンの書』『アヘイニアの書』『ロスの書』をへて、さらに『四ゾア』(未完)や後期作品の『ミルトン』『ジェルサレム』へと進むにつれて、男と女の葛藤のなかで出現してくることを突き止めた。 その「セクシュアルな血」の意味を解明するため、前年度にはブレイクが生きた18世紀の医学的ディスコースにおける「血」と比較考察した。今年度には、やはりブレイクが生きた18世紀に流行していたエロチカ文学における「血」との比較を試みたのである。こうして18世紀の思想・心理の環境を視野に入れて、医学とエロチカ文学における「血」のディスコースに照らし合わせながら、ブレイクの「セクシュアルな血」の意味を明らかにし、彼の「血」の全体像を解析した。
|