翻訳と文化横断性という視座から世界におけるポスト・コロニアルな文化状況がもたらしている問題や現象の解明を目指すという本研究の目標は、南ア出身の作家クッツェーや、ケニアのグギ・ワ・ジオンゴの研究を通じて、またカリブ海やニューカレドニアの文学の研究を通じて一定の成果を収めることができた。それは文化というものを一言語、一共同体の内部でだけ考えようとすることがいかに実態と乖離した所作であるかを証明した。他方で、国家に収斂する共同体や文学とは別のものを目指そうとしたアナキズムの文学・芸術運動の研究はまだ道半ばにとどまっている。本年度の研究成果の還元としては、ヨーク大学のアトリッジ教授を招いてのクッツェーの作品についての共同討議、ニューカレドニア教員養成学院のアミド・モカデム教授によるニューカレドニアの現代文学についての講演会の開催、ショアー研究の第一人者である歴史家ヴィヴォルカ教授を中心にした「ショアの表象」と題するシンポジウムの開催などをあげることができる。またギリシア悲劇と能の構造との興味深い比較を行ったパリのマルクス教授の講演は狭義の影響関係を越えた越境的文化研究のモデルケースを与えるものであった。日本との関わりで言えば、同時にドイツ語と日本語の二言語で創作を行っている作家、多和田葉子氏をゲストに彼女の提唱するエクスフォニーという概念を中心に開催したシンポジウムは多くの聴衆との間の活発な議論をよんだ。 もう一つ、本年度の活動として特筆すべきは、2011年3月の東北大震災と原発事故の衝撃を本研究の枠内でもまた取り上げたことであり、その一つは日本にとどまらない多くの作家がこの衝撃にどのように対処したかを議論したシンポジウム「災害と文学」の開催であった。また、研究分担者である星埜は、マルチニックに招待されて3.11以降の日本を主題とする講演を行っている。
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