本研究は、敦煌文献中の唱導資料の収集整理を通じ、そこから唐五代時期の仏教儀礼の変化、及びそこから発生したと考えられる芸能、文学の発展について明らかにしようとしたものである。 この時代以降の東アジアの仏教儀礼と芸能、文学の発展には密接な関係があることはすでに多く指摘されるところである。中国における俗講や講経文、変文から雑劇、話本等への発展、日本における法会から延年、琵琶法師による説話、説経節への発展、朝鮮半島における法会に付随する様々な芸能の発展などは代表的なものであり、それらが中国、朝鮮半島、日本を中心とする東アジア各国の後代の芸能、語り物文芸へと大きな影響を及ぼしたことはすでによく知られている通りである。そして、こうした文芸の重要な基礎の部分を作り上げたのが東アジアの規範と秩序を発信してきた唐王朝とその時代の宗教界、とくに安史の乱後の唐王朝後半における彼らの働きであったことは疑いがないのである。 こうした時代の中国の仏教儀礼を調査する上で、敦煌文献には、儀礼に用いられた次第や各作法の記録など貴重な資料が多く残される。本研究では、こうした文献資料から後代の文学に関わりが強いとみられる資料を広く調査、分析を行った。とくに、8世紀後半頃から流行したとみられる七言の韻文による浄土讃などの謡い物や、駢儷調の美辞麗句を読み上げる荘厳文などの一連の願文類の分析を通じて、後代の文学文献にもおおくこれらの痕跡が多く残されるとおり、講唱文学の発展に極めて重要な資料であることがわかった。
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