本研究はヨーロッパの英語教育において、教科書の中の挿絵の役割を探り、またその挿絵から理解される教育政治・文化背景を明らかにしていくものである。英語は多くの国で学習されるが、当該国にとって異文化である英米言語・文化をどのように表現しているかを分析することになる。 平成22年度は研究対象国としてイギリスの隣国でもあるフランスを選び調査を進めた。フランスでの制度化された英語教育を目的として発行された教科書は、1880年代のものから資料が残っている。その特徴は次の5項目にまとめることができるだろう。 1 日本と異なり、少数の出版業者のみが英語教科書を発行していた。 2 その少数の出版業者が同じ教科書を長年版を重ねて出版していた。 3 挿絵は早くから写真技術を用いたものが見られ、出版技術面から考えると比較的高い技術を用いた挿絵が入っていた。その一方で挿絵を用いない教科書もあった。 4 挿絵は隣国であるイギリスの文化を参照したものであり、19世紀においてはアメリカを参照するものはほとんど見られなかった。第二次世界大戦後に少しずつアメリカにも配慮したとみられる挿絵が生まれた。 5 観光や風俗を参考にしたものは挿絵に多くみられたが、そこにとりわけ政治的な背景を見ることができなかった。その一方で他の外国語(たとえばドイツ語)の教科書と全く同じ挿絵を用いて出版された英語教科書もあり、英語は複数外国語の中の一言語にすぎないという位置づけが明らかだった。 残念なことにルーアン市にある仏国立教育研究所付属博物館が臨時で長期閉館となったために、本年度は博物館での資料調査が行えず、リヨン市にある仏国立教育研究所付属図書館のみで研究が進められたために、必ずしも広範囲に及ぶ資料コーパスを調査できなかったが、それでもフランスにおける外国語教育の一環としての英語教育の特徴を挿絵分析を通して理解する成果を挙げることができた。
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