本研究計画の目的は、これまでに実施されたことがない「ピコ秒の時間分解能と原子位置分解能を有する手法」を開発することにあった。具体的なターゲットとして半導体ナノ構造のフォノン寿命時間の決定を選んだ。Sb2Te3を試料とした場合、ポンプ・パルスとプローブ・パルスの時間差が12 ps程度位内でSTM発光スペクトルが大きく変化することを発見した。この実験結果はピコ秒の時間分解能と原子位置分解能を有する分光法が可能であることを示す画期的な成果であると考える。 実験計画調書によれば、22年度は計測システムの組み立てとSb2Te3を試料とした実証実験を、23年度はSb2Te3のナノ構造に対する実験を行いサイズ効果の確認を、24年度はGaAs等の別の試料系への展開を行う計画であった。しかし、平成23年3月に発生した震災により、関連機器の多くが故障し、修理・調整に多くの時間が必要であった。そのため、実証実験の再開が可能になったのは平成24年の10月になってからである。集中的に実験を行い、以下の成果を得た。(1)Sb2Te3の連続膜の場合、ポンプ光とプローブ光の時間差が12 psよりも大きい時には、STM発光スペクトルには特段の変化は見られないが、12 psから0psまでは著しい変化を示す。その後(プローブ光が先に到着し、ポンプ光が遅れる)は、再び、12 psよりも大きい時に観測されるスペクトルに戻る。(2)Sb2Te3がナノ構造となった場合にも同様な時間振る舞いが観測されるが、各STM発光スペクトルの形状は連続膜試料の場合とかなり異なる。具体的には、フォノン誘起構造が連続膜よりも顕著でない。他の試料系への展開は(GaAsではなく)Cu(110)上の単一ベンゼン分子に対して実施した。この系でも、ピコ秒レーザー照射に伴い、STM発光中へのベンゼンの振動エネルギーの現れ方が変化する。
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