研究概要 |
地球マントル中に微量成分として含まれる「水」は,粘性や地震波速度を低下させ,電気伝導度を上昇させるなどマントル物質の物性を大きく変えるだけでなく,地球史におけるマントル対流の様式変化,すなわち,マントル・ダイナミクスの変遷にも強い影響を与えていると考えられる。従って,マントル中の水収支と循環は,非常に重要な今日的課題である。本研究では,高い貯水能力を持つと予想されるマントル遷移層の含水率に地域性があるかどうか,に着目し,この問題を海底観測と室内実験両面から解明する事を目的とした。 本研究の開始前,室内実験の分野ではマントル遷移層の電気伝導度に及ぼす「水」の影響については二つの異なる実験結果が存在していた。すなわち,微量の「水」でも高電気伝導度になり得るという結果(例えばDai and Karato, 2009)とその逆(例えばYoshino et al., 2008)である。本研究で再測した所,Yoshino et al. (2008)の結果が裏付けられ,ごく微量(0.1 wt%)以下の含水率では,観測された電気伝導度に有意な違いをもたらさない事が確認された(Yoshino and Katsura, 2012)。 海底観測においては,遷移層への有力な「水」の供給源と考えられるstagnant slabが存在する西フィリピン海盆と存在しない北西太平洋海盆に海底長期電磁場観測点を設け,対照実験を試みた。その結果,北西太平洋海盆下で数‰程度の「水」しか含まない比較的乾いたマントル遷移層の存在が示唆される一方,西フィリピン海盆では,観測期間中の外部磁場擾乱が非常に少なかった為,深部構造の高精度決定に至らず,両者の直接比較はできなかった。しかし,遷移層電気伝導度そのものは,北西太平洋海盆下より高い値が得られた為,西フィリピン海盆下に高含水率遷移層が存在する可能性は否定できない。
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