報告者が開発した縮約化された階層方程式は、散逸系の量子動力学を厳密に解ける手法として、国際的に広く認知されはじめ、特に光合成アンテナ系を始め生体分子の励起状態を調べる手法としては、スタンダードな理論となり、ソルベー会議やロイヤルソサィエティーミーティングなど数多くの会議で招待講演を依頼されるに至っている。かかる状況下、本年度は座標表示系の研究に力をいれ、多次元分光信号についての散逸場中での量子効果を、厳密な量子力学的な式による結果と、古典極限での式の結果を比較することにより詳しく評価した。その結果散逸が強い場合は古典でも量子でも結果は似ているのだが、散逸が弱い場合は量子系の場合には離散的なエネルギー準位に対応した位置にピークが2つ現れるのに対し、古典計算では調和振動の周波数近傍に1つだけ現れるなど大きく食い違うことが示された。この研究は古典分子動力学により、高振動である分子内振動の直接計算可能かを調べる上でも重要であり、高周波数を古典的近似で扱う場合は、なんらかの補正が必要であることが示された。この結果をもとに古典的動力学で多次元分光を計算するための水ポテンシャルを開発した。このポテンシャルは低振動から高振動までのラマンと赤外分光スペクトルを再現できることができる大変すぐれたものでる。階層方程式を量子情報の測度の1つであるコンカレンスの計算に用いることもおこなった。DNAについての励起子についても階層方程式を解くことで精査し、それを観測するための新しいスキームを提唱した。光合成系反応中心に対する階層方程式も導出し、これまで厳密に計算することが不可能であったシークエンシャルからスーパーエクスチェンジにいたる電子移動反応過程を統一的に解析することに初めて成功した。
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