本研究は,フェムト秒時間分解蛍光システムを製作し,生細胞に適用可能な蛍光寿命画像システムの構築を目指す。本年度は,昨年度に引き続きシステム製作を行い,さらに蛍光分子の高速ダイナミクスについて以下の知見を得た。これらは蛍光寿命を用いた細胞計測へとつながることができる。 1. 細胞内に存在するNADHは,緩衝溶液中に比べて,蛍光寿命が増加し,蛍光スペクトルが短波長シフトする。細胞内でのタンパク質との相互作用によることが示唆されているが,その機構は不明である。我々は,媒質依存性から検討し,NADH周囲の極性が低いほど,蛍光スペクトルは短波長シフトし,蛍光寿命は長くなることを示した。タンパク質と結合したNADHは,周囲をアミノ酸残基で取り囲まれた構造を示し,NADH周囲の環境は極性の低い疎水性溶媒と同様の環境になる。この溶媒効果により,タンパク質と相互作用しながらもスペクトルは短波長シフトし,蛍光寿命は増加したと考えられる。NADHの蛍光寿命と蛍光スペクトルより,NADH周囲の誘電環境の情報が得られることが示唆された。 2. 蛍光分子の蛍光寿命に対する金属ナノ構造の効果を調べることを目的として,蛍光分子であるフラボン誘導体と金ナノ粒子をメチレン鎖で結合させた化合物を合成し,蛍光寿命を測定した(連携研究者 日野和之)。フラボン-金ナノ粒子複合体の蛍光減衰曲線は,数ピコ秒以内で非常に速く減衰する成分とナノ秒の蛍光寿命を持つ成分に分けられる。非常に速い減衰は,フラボンから金ナノ粒子へのエネルギー移動によると考えられる。複合体には様々なコンフォマーが存在し,数ピコ秒の成分は,フラボンと金ナノ粒子が近接した構造を持つコンフォマーに対応し,ナノ秒の蛍光寿命成分は,フラボンと金ナノ粒子が離れたコンフォマーに対応する。蛍光寿命を用いて,金属構造と近接している分子と離れた分子を識別できることがわかる。
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