研究概要 |
殆どゼロと見なせる極度に小さなホール係数をもつ両極性伝導体が「電流-スピン流変換素子」として機能することを実証することが研究目的のひとつである.本年度は,実証実験の準備と並行して,正常ホール効果の他に,スピン-軌道相互作用による異常ホール効果を考慮して,スピン流発生機構を支配する電子と正孔のキャリヤ走行のキネマティクスを理論解析した結果,(i)負に帯電した不純物原子によるスキュー散乱は,外部磁場によるローレンツ力と共に,スピン流の生成を促進すること,一方,(ii)正に帯電した不純物原子によるスキュー散乱は,スピン流の生成を抑制すること,(iii)スキュー散乱以外のスピン-軌道相互作用(例えばサイドジャンプ型)は,ローレンツ力がもたらすスピン流生成に影響を与えないことを確認した. YH_2におけるホール係数ゼロ状態の起源を調べるために,ホール抵抗,横磁気抵抗,および磁化曲線の温度依存性を調べた結果,10K以下の温度領域で,負の横磁気抵抗および磁化曲線にヒステリシス現象を伴う強磁性成分が見出された.このとき,磁場1Tにおける1原子あたりの室温磁気モーメントは約0.034μ_Bであった.これは強磁性体相Gdの磁気モーメント値(7μ_B)の約0.5%である.YH_2で観測される負の磁気抵抗現象は,強磁性信号をもたらしたスピン偏極状態と関与している可能性が考えられる. YH_2に類似した電子構造をもつ水素吸蔵体としてGdH_2,YbH_2,ScH_2,LuH_2が理論的に指摘されている.本年度は,新たにGdの水素吸蔵体を作成した.電子ビーム法で蒸着したGd膜を様々な温度で水素雰囲気処理し,そのホール効果測定を行った結果,水素処理温度の増加と共にGdの水素化反応が進行すると,正常ホール係数が減少し,例えば370℃の処理温度によって得られた水素化物では,室温正常ホール係数が約-3.56×10^<-11>m^3/Cになった.この値は,典型的な補償金属であるMoの値と同程度である.したがって,GdH_2もYH_2同様両極性伝導体であると云える.また,GdH_2のホール効果にはスキュー散乱によると思われる異常ホール抵抗成分も観測されており,キャリヤがスピン偏極していることが分かる.このことはスピン流生成にとって大変都合のよいことである.
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