日本刀および槍の微細構造では、室町時代中期に作られた加賀清光銘の日本刀において、その鋼は芯金、刃金、皮金の3種からなるが、芯金の炭素濃度は0.025%以下の極低炭素鋼、刃金の炭素濃度は0.56%の中炭素鋼である。芯金および刃金以外の皮金部分は約0.1%の低炭素鋼からなっている。これらの鋼の不純物量は極めて少なく、EDS分析では検出されなかった。芯金および刃金のマイクロビッカース硬度は、それぞれ120-150および730-820、低炭素鋼部は200-250である。信濃守源貴道銘の槍の断面はひし形で、四隅が焼き入れられおり、その硬度は750、内部は150である。断面腐食像には加工の流れが観察され、約0.2%炭素鋼だけを使用した「丸鍛え」法で作られている。また、鋼中の非金属介在物の構造を観察し、FeO、FeSiO3等の化合物を特定した。 古墳材料の解析では、高松塚古墳の漆喰の劣化機構について調査した。X線CTで透過した目地漆喰試料では、内部に多くの間隙が存在する。これを低真空型走査型電子顕微鏡で観察すると、漆喰の破面にはナノ寸法の多くの孔が存在し、トンネル状になっていた。トンネルの出口には漆喰と同じ成分を持つ多数のCaCO3(炭酸カルシウム)結晶が析出していた。これは、漆喰中に浸入した酸性の雨水が漆喰を溶解し、雨水が少なくなった時期(乾燥期)に溶解した成分がCaCO3結晶となって再析出したものである。この機構は鍾乳石の生成機構と同様である。 青銅関連の研究では、わが国の寛永通宝の中で、特に磁気を示すものを選び、透過電子顕微鏡観察をした。磁性の起源は銅中に分散するナノ寸法の鉄粒子で、古代ペルシャ青銅と同様の微細組織であった。 このほか、前年度から継続している鉱物顔料物質、水没埋蔵木簡の乾燥挙動、絵画では浮世絵に使われている青顔料などについてナノ構造を明らかにした。
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