日本海の底生魚類で卓越するゲンゲ科マユガジ亜科の分子系統解析の結果、同亜科の単系統性は支持されたが、先行研究で支持されていたマユガジ属の単系統性が否定された。また、深海の泥底環境での姿勢保持や摂餌に関与するとされている下顎骨軟骨組織がマユガジ属の進化過程で複数回、独立に獲得されたことが示された。更に、マユガジ亜科内に日本海と近隣海域のそれぞれに分布する3組の姉妹種ペアが認められた。姉妹種ペアのひとつである日本海固有のアシナガゲンゲと東北沖太平洋に分布するクロホシマユガジを対象にCoalescence theoryに基づく解析をおこない、両者が更新世中期に分化したことを示した。ベイズ法に基づく解析により、アシナガゲンゲ集団では最終氷期後に、クロホシマユガジ集団では最終氷期中に急速なサイズ拡大が起きた事を示した。 次に日本海およびオホーツク海南部に生息するマツバラゲンゲを対象に同様の解析をおこない、両海域の地域個体群が遺伝的に分化しており、その分岐年代が最終氷期に遡ることを示した。また、日本海集団のサイズが最終氷期後、急速に拡大したのに対して、オホーツク海集団は最終氷期を通じて安定的に維持されていたが、最終氷期後に急速に縮小したことを示した。以上の結果は、日本海の深海底魚相が更新世の氷期間氷期サイクルに伴う海峡での隔離と海域毎に異なる環境変遷より形成された事を示唆している。 ザラビクニン種群およびタナカゲンゲの耳石のSr/Ca解析から前者が一生を通じて海峡を越える事がないのに対して、後者は成長後に海峡を越える事がある事が示唆された。また深海性底魚5種の耳石を用いて、成長に伴う酸素安定同位体比の変化を解析したが、いずれの種についても急激な変化は見出されず、発生初期に個体が経験する水温の変化が反映されていない可能性が考えられた。
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