本研究はカイコガを用い,糖や脂質の代謝に対するホルモンの作用を生理的側面から解析,また,ホルモンの脳内での情報処理過程におけるシグナル伝達や処理機構を解析することにより,昆虫ひいては動物界に共通する個体全体の代謝,発育調節,脳内情報処理機構を探ることを目的としたものである。 最終年度は,脳内でのシグナル伝達および処理機構を解明するため,性フェロモンに対する性行動を定型的行動のモデルとし,神経活動依存的に発現する遺伝子として同定したHr38を利用した遺伝子組換えカイコガによる神経活動のマッピングを行った。昨年度までに作成したHR38の結合配列であるNBREの下流にコアプロモーターとGAL4を配置したベクター(NBRE-GAL4)を導入済みのカイコガ系統を,UAS-GFP系統と掛け合わせることで,性フェロモンに応答する神経回路の可視化を試みた。 結果,オスのカイコガを性フェロモンで刺激したところ,NBREを導入した一部のカイコガ系統において性フェロモン刺激依存的にGFPのシグナルが認められた。しかし,シグナルが弱いことから,翻訳エンハンサーを付加した系統を作出し,GAL4の発現増強を試みた系統を作成した。この系統では,性フェロモン刺激依存的なシグナルが明確に認められるようになった。この結果から,性フェロモン情報を処理する神経回路の可視化は一部実現できたと判断される。 活動依存的な神経回路の可視化に加え,神経活動の人為的な操作を可能にするために,温度依存性チャネルdTrpA1を任意の細胞に発現することのできるカイコガ系統を作出した。この系統を利用することで,カイコガ雄の性行動を温熱刺激依存的に操作することが可能となった。今後,dTrpA1をPTTH産生神経やボンビキシン産生神経で発現させることで,人為的にこれらのホルモンの動態を操作することが可能となった。
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