研究概要 |
自然界において植物の根は糸状菌との共生器官である菌根を形成している.菌根は,陸上植物とともに共進化したと考えられているもっとも普遍的で,陸上生態系の一次生産の基盤となっている共生である.本研究は,植物を介するCの地球化学的循環に重要な役割をもつ菌根における,糸状菌と植物の異生物間の元素の受け渡し機構を組織・細胞レベルで明らかにすることを目的とした. 実験はモデルシステムとして、Cを含む全ての栄養元素が共生菌から宿主植物に渡されるラン科植物の共生発芽を用いた.共生プロトコームから伸長している菌糸のみに13C(グルコース)を与え,3日間培養後のプロトコームを定法により樹脂包埋試料とした.試料は切片とし,組織内の12C,13C,12C14N等同位体の局在を同位体顕微鏡(北海道大学)およびnanoSIMS50により取得した.ROI分析を行った結果,13C/12C比は,菌毬(コイル状菌糸)菌糸内で約6-10%,消化された菌毬周囲においても上昇が観察され,宿主構造では,細胞壁(感染・非感染細胞),細胞質(感染・非感染細胞),アミロプラスト(非感染細胞)で上昇した.生きている菌糸を含む宿主細胞で13C/12C比が上昇していたことは,菌毬の消化が養分交換プロセスと考えられていた定説を覆す結果となった. 本研究により,安定同位体を用いた生物の細胞・細胞小器官レベルでの元素移動の評価法那確立し,さらに菌根共生として全く新規の機能が明らかとなった.今後菌根共生機能の解明が進むのみならず,本手法の適用により,生命科学において,細胞レベルでの物質移動・代謝に関わる新規の情報が得られる可能性が示唆された.
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