研究概要 |
本研究では,わが国の森林や緑化樹木に甚大な被害を及ぼしている樹木病原菌の伝播・繁殖機構を,分子生態学的手法により詳細に解明することを目的とする。平成23年度は,以下の成果が得られた。 1.マイクロサテライト(SSR)マーカーの作製ナラタケモドキのSSRマーカーを,複合SSR法により作製した。 2.Taphrina wiesneriの伝播・繁殖様式の解明SSRマーカーを用いて,約500m×500mの範囲内に植栽されたソメイヨシノ38本のてんぐ巣585個中のT.wiesneriの遺伝子型を決定し,クラスタ解析を行った。その結果,樹冠が接した個体間のクラスタ構造が類似していた。このことから,樹冠が接していると子のう胞子による伝播が起こりやすいと推測された。 3.ベッコウタケの伝播繁殖様式の解明SSRマーカーを用いて,並木として植栽されたソメイヨシノ37本から採集した子実体の遺伝子型を調査した。その結果,樹木毎に子実体の遺伝子型が異なっていたことから,ベッコウタケは担子胞子により樹木から樹木へ伝播するものと推測された。また,空間的自己相関の解析から,本菌の担子胞子による伝播距離は数km以上と予測された。 4.コフキサルノコシカケの伝播・繁殖様式の解明コフキサルノコシカケの子実体が発生していたギンヨウアカシアとイロハモミジを1本ずつ伐倒して円板を採集し,rDNA-ITS領域のT-RFLP解析およびシーケンシングにより円板中に生育している菌種を調査した。円板の腐朽部面積の割合は両個体ともに地際に近いほど大きく,また,腐朽部の材片のすべてからコフキサルノコシカケが検出された。このことから,両個体ともに,コフキサルノコシカケが地際部に近い部位から侵入した後に,心材部を腐朽させながら樹体内に蔓延したものと推測された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画のうち,定量的PCR法による樹体内の菌糸体量の測定については研究の進展がやや遅れているものの,マイクロサテライトマーカーを用いたジェネット解析と集団遺伝構造解析による各種病原菌の伝播過程や伝播距離,伝播に果たす胞子繁殖と菌糸繁殖の役割については,計画以上に順調に進展している。また,解剖観察による樹体内の菌糸の分布状況の把握についても計画通り進展していることから,全体としてはおおむね順調に進展していると自己評価している。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画のうち,定量的PCR法による樹体内の菌糸体量の測定に関する研究の進展が遅れていることから,この部分を集中して研究する。これまでの研究により,不純物の多い試料からのDNA抽出方法が確立できたことから,菌糸を人工的に接種した土壌や材片を用いて菌体量の測定方法を確立するとともに,実際の土壌中や材片中における菌体量の測定を行う。その他の研究については,順調に進展していることから,当初の計画通りに研究を遂行する。
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