亜寒帯汽水湖の代表例として、北海道東部に位置する火散布沼にて、潮位、流速などの物理環境を調査するとともに、水温、塩分、栄養塩、クロロフィル a濃度の時空間分布を詳しく調査し、火散布沼の水理構造と、その生物過程の基盤となる栄養塩の起源について考察した。一日に供給される淡水量は沼容積の0.9~8.0%であったのに対し、一潮汐周期にて沼に流入する外海水は沼容積の34~59%であったことから、火散布沼は淡水供給よりも潮汐による外海水の流出入の方が卓越した系であることが確認できた。また、試料中の窒素/リン(N/P)比、ケイ素/窒素(Si/N)比は、火散布沼はNが制限的に作用しやすい環境であることを示していた。塩分と栄養塩類の相関関係、および潮汐による栄養塩類の流出入フラックスから、火散布沼への無機態Nの供給源として外海水及び沼内生物による再生産の重要性が示唆された。河川(淡水)からの栄養塩供給が汽水域の基礎生産を支えるという報告例がこれまで多数なされていたが、淡水供給量が小さい火散布沼のような汽水域においては、その基礎生産は外海水や再生産によって供給される栄養塩に支えられていることを実証的に明らかにした。また、同時に沼内の基礎生産者から二次消費者までの安定同位体比を詳細に比較して、空間的に見て基礎生産者とその消費者の関係が、きわめて整合的である事を見いだした。火散布沼では、周年水中の植物プランクトンに比べて、堆積物表層に生息する底生微細藻類の現存量がきわめて大きい事を示し、主要漁獲種であるアサリは、潮汐によって再懸濁するこれらの微細藻類を餌資源として積極的に利用している事も、安定同位体比の解析を行う事により明らかにした。
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