本年度の研究目的は、侵害受容ニューロンに主に発現し、多くの刺激性化学物質により活性化されることが知られているTransient Receptor Potential (TRP)チャネル群のうちTRPA1に着目し、病態痛の分子基盤としての重要性について検討した。環境化学物質であるカドミウムイオン(Cd2+)は、知覚神経細胞のうちTRPA1発現細胞を刺激することにより、細胞内カルシウムイオン濃度([Ca2+]i)を増加させた。Cd2+誘発性[Ca2+]i増加反応は選択的TRPA1阻害薬で抑制され、更にTRPA1遺伝子欠損マウス由来の知覚神経では生じなかった。マウスTRPA1遺伝子を発現させた培養細胞株において、Cd2+は[Ca2+]i増加反応に加えて、電流反応を引き起こした。亜鉛感受性を欠損したミュータント遺伝子発現細胞では、Cd2+によるTRPA1活性化作用は消失していた。マウス個体へのCd2+適用により疼痛反応が惹起され、この反応はTRPA1遺伝子欠損マウスでは有意に減弱していた。これらの結果から、Cd2+による発痛作用にはTRPA1チャネルの活性化が関与すること、更にその作用点として亜鉛感受性部位が重要であることが示唆された。次いで、疼痛管理におけるTRPA1チャネルの役割を調べるため、TRPA1阻害薬の作用点について検討した。これまで、申請者らが遺伝子クローニングした種々の動物由来TRPA1チャネル遺伝子の発現細胞を用いてTRPA1阻害薬の作用を調べたところ、両生類TRPA1では抑制作用が著しく減弱していることを見出した。哺乳類と両生類のアミノ酸一次構造を比較し、ミュータントチャネルを作成後、発現解析を行ったところ、TRPA1阻害薬の作用点として、膜貫通領域に存在する2か所のアミノ酸が関係していることを明らかにした。これらの成績から、TRPA1チャネルに対する刺激物質及び抑制薬の作用点とその機序が明らかになり、疼痛管理のための侵害受容性TRPA1を標的とした新規鎮痛薬の開発における基礎的知見を提示すると考えられる。
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