創薬標的タンパク質への低分子リガンドの結合に、深く関与することが知られる分子間のvdW接触や静電的な相補性、さらにはリガンド結合に伴って排除される水和水や無機イオンの構造的な知見を得るために、水素原子を含む立体構造情報を効果的に得ることができる中性子結晶回折法を用いて、リガンドの存在下・非存在下における創薬標的タンパク質の立体構造解析を試みた。 既に、アミノ酸置換の導入による結晶内パッキングの改善や化学的に不安定な配列の除去により、解析対象となるタンパク質結晶の回折分解能の向上に成功している。そこで、タンパク質の大型結晶を作製するため、結晶化条件の最適化を行った。その結果、大型結晶の作製には、沈殿剤濃度を低く保つとともに比較的高いタンパク質濃度での結晶化が有効であること、さらに結晶核形成の抑制効果を持つ添加剤の利用が効果的であることがわかった。こうして取得した創薬標的タンパク質の阻害剤複合体の大型結晶を用いて、X線および中性子回折実験により取得した回折データを同時に用いて、立体構造解析を実施した。そして創薬標的タンパク質の解離状態を含む触媒基の立体構造や、活性部位に結合した水和水の構造的な特徴を明らかにした。 これらの構造的な知見の取得とともに、創薬標的蛋白質と阻害剤の相互作用を速度論的および熱力学的な手法で解析した。化学合成されたいくつかの阻害剤は、親和性が極めて高かったので、触媒残基や基質結合部位に変異が生じた薬剤耐性変異型タンパク質を用いたり、別途、低親和性の阻害剤を競合させることによって、その親和性を正確に評価した。 以上の検討結果から、活性部位という特殊な環境下において異常な解離状態を示す触媒基の立体構造や、活性部位に水和する水分子の一部がイオン化し、水酸化物イオン(OH-)として存在することが観測され、リガンドの親和性に大きな影響を与えていることが示唆された。
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