難聴・目眩を伴う突発性難聴・メニエール病や、老人性難聴等の内耳疾患は、耳科領域では比較的多いが、その病因は殆ど不明である。これらの一部の治療には、ステロイド等の古典的薬物が用いられるが、無効の場合が多く、効果的な治療法の開発が待ち望まれる。申請者は、上記の疾患が、内耳を満たす粘稠な細胞外液「内リンパ液」の物性や成分の異常に立脚するという仮説をたて、まず、(1)高粘稠性に注目した、内リンパ液の物性の聴覚に対する生理的意義の理解を目指した。そして、(2)タンパク質・脂質を中心とした内リンパ液成分の同定と、その内耳機能での役割の解析を目的とし、さらに、(3)内リンパ液の物性や成分の破綻に基づく疾患の探索を進め、最終的に(4)内耳疾患に対する新しい治療法の開発に繋げることを志向した。多面的な実験手法と計算科学を駆使して定量的な解析を可能とする研究を計画した。前年度までに、同じく蝸牛の体液である外リンパ液をガラス管で採取する方法を確立していた。今年度は、その方法を2連管に応用し、一方で電位測定をしながらもう一方の管で体液を採取する方法を試した。この手法では、電位測定により、+80 mVを示す内リンパ腔の場所を正確に把握できるため、内リンパ液の純度よい取得が可能である。しかし、現在の方法では、内リンパ腔にガラス管が到達する前に、外リンパ液が混入することが判明した。得られた内リンパ液の量が少なく、その含有成分を検討することはできなかった。一方、内リンパ液の成分に立脚した物性に影響を与えうる蝸牛側壁のイオン輸送機構の詳細を明らかにした。即ち、螺旋靭帯や血管条のK+輸送分子を介して駆動されると予測されていた組織レベルのK+一方向性輸送が、実際に生体内で機能し、内リンパ液環境の成立に重要であることを実験で示した。また、この結果は、数理モデルにより概ね再現され、理論的な裏付けがなされた。
|