代表的な細胞増殖因子であるtransforming growth factor-β(TGF-β)は正常細胞に対して癌抑制的に作用するが、いったん癌化した細胞に対しては悪性化促進的に作用する。本研究では、癌悪性化に関与する細胞応答を選択的に抑制する手法の開発をめざしている。 我々はbHLH型転写因子Oliglが、TGF-βの下流のシグナル伝達因子であるSmadと複合体を形成し、協調的にシグナル伝達に関与することは既に見いだしていた。平成22年度にはSmad-Oligl複合体が細胞運動性亢進作用に関与することを明らかにした。Oliglノックダウン条件下では、TGF-βによる細胞運動性亢進作用は顕著に抑制されたが、細胞増殖抑制作用や上皮間葉転換作用は抑制されなかった。また、他のサイトカインによる運動性亢進作用も影響されなかった。従って、Oliglの作用は特異的と考えられた。 細胞運動性亢進作用はTGF-βによる癌細胞の転移・浸潤促進作用に関与する細胞応答である。そこで、Smad-Oligl複合体の機能を特異的に阻害する手法の検討を進めた。Smadのアミノ酸置換変異体を用いた実験により、Smadタンパク質上でOliglとの相互作用に関与する領域を絞り込んだ。ついで、その領域に該当するペプチドを合成し、細胞に取り込ませたところ、TGF-βによる細胞運動性を抑制することを見いだした。 本研究の成果はTGF-βによる癌悪性化促進作用を特異的に抑制する手法の開発へと道筋をつけたという大きな意義がある。今後は、この抑制機能ペプチドの作用の特異性を確認するとともに、さらに効力と特異性を高めるために改良を進める予定である。
|