研究概要 |
申請者はこれまでSARS-CoVの宿主受容体であるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)を発現させた細胞株にウイルスを感染させることで、ACE2細胞内ドメイン依存的なTNF-a変換酵素(TACE)の活性化によるACE2の細胞外への放出が誘導されること(PNAS,105:7809,2008)、またTACE阻害剤(TAPI-0)がウイルス感染阻害効果を示すことを突き止めた(Antiviral Res.85:551,2010)。TACEはACE2の他に種々の炎症性サイトカインの分泌も誘導することからSARS重症化にも関与することが示唆される。そこでACE2-TACE系が重症化に関与するか否かを明らかにするため、SARS-CoV感染による炎症性関連遺伝子の発現を調べた。 本研究ではこれまで肺癌細胞株(NCI-H292細胞株)にウイルスを感染させることで、粘液成分であるムチンの産生に関与するMARCKS(myristylated alanine-rich C-kinase substrate)のリン酸化が誘導されることを見出した。またムチン遺伝子MUC5ACのmRNAの発現誘導も観察された。 そこでTACEとMUC5ACとの関連を調べるため、NCI-H292細胞株のTACEをTAPI-0で阻害し、そこへSARS-Sタンパク質を添加した結果、MUC5AC mRNAやムチンタンパク質の細胞培養液中への分泌が抑制された。これらの結果はACE2-TACE系の下流にムチン遺伝子MUC5ACが存在することを示唆しており、ACE2細胞内ドメインによるシグナル伝達経路と重症化機構との関連を支持する。今後はMUC5AC発現とACE2との関連について詳細に解析するとともに、ACE2の細胞内ドメインを介した細胞内炎症シグナル惹起の可能性とその責任領域の同定を行う。
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