研究概要 |
重症急性呼吸器症候群ウイルス(SARS-CoV)感染症は感染者の約10%が死亡する重篤な呼吸器系感染症で、その重症化機序としては、感染に伴ってSARS-CoVの受容体である2型アンギオテンシン変換酵素(ACE2)の発現が低下することが報告された(Nat. Med. 11 : 875, 2005)。申請者はSARS-CoVによるACE2発現低下にACE2の細胞内ドメインから惹起される細胞内シグナルが必要である事を明らかにし(PNAS 105 : 7809, 2008)、同時にこの現象がACE2依存的に惹起される細胞炎症シグナルを誘発する可能性を見出した。そこで本課題ではACE2細胞内ドメインによるシグナル伝達を明らかにすることを目的に解析を進めている。先行研究では、ACE2を恒常的に発現する細胞株としては、HuH-7細胞が使用されている。しかし、この細胞株はヒト肝臓癌由来であり、SARS蛋白質の肺組織に対する作用をより良く理解するため、肺組織に由来する細胞株としてA549(肺癌由来)やNCI-H292(肺癌)を用いた解析システムの立ち上げを試みて来た。しかし、ACE2を持続的に発現する細胞株の樹立は難しく、安定した実験条件を確立することが困難であった。現在、ウイルスベクターを用いてこれら細胞に一過的にACE2を発現させ、大腸菌で発現したSARS-CoVのスパイク蛋白質(SARS-S)を作用させた後の細胞内シグナルを解析している。対照としては同じコロナウイルスに属するNL63ウイルス由来スパイク蛋白質(NL63-S)を用いている。これまでの予備実験結果では、SARS-Sを作用させた後、2・4時間で、TGF-β遺伝子mRNAの発現が上昇する傾向を認めている。今後、再現性を確認しながら、同遺伝子発現に関与するSmad蛋白質のリン酸化の有無を検証する。そして、この現象がACE2細胞内ドメインに依存するか否かについて、引き続き解析する。
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