研究概要 |
ヒト肺組織より分離培養に成功した肺胞上皮前駆細胞(AEPCs: alveolar epithelial progenitor cells)は,肺胞壁に存在する肺胞II型上皮細胞(ATII: alveolar type II epithelial cell)の前駆細胞である.このAEPCsを用い,平成23年度は以下の3点にテーマをしぼり研究を実施した. 1.AEPCsとATII遺伝子発現相違 AEPCs固有またはATII共通の遺伝子発現を解析するためには,基準となるヒトATII細胞の存在が必要である.そこで,ヒトATII細胞分離法の確立を行い(Am J Respir Cell Mol Biol doi:10.1165/2011-0172OC),ATIIとAEPCsの遺伝子発現を解析した.その結果,AEPCでは上皮間葉移行(epithelial-mesenchymal transition)に関わる遺伝子がATIIに比べると強く発現していることが明らかとなった.一方,ATIIではAEPCsに比べ,EGFシグナル関係の遺伝子が強く発現しており,これらの遺伝子発現の違いが,それぞれの細胞の性質を規定していると考えられた(論文投稿中). 2.新たなヒト肺組織幹細胞の検索 AEPCs以外のヒト肺組織幹細胞候補を検索した.現在報告されている様々な幹細胞表面マーカーを用いて,ヒト肺組織免疫染色およびフローサイトメーターによる解析を行った.その結果,幹細胞マーカーの一つであるCD133は一部の肺癌細胞に発現していることが明らかとなった.しかし,CD133を用いては,コロニーを形成するようないわゆる正常幹細胞の性質を有する細胞を分離することはできず肺組織幹細胞マーカーとしては不適であることがわかった.他の幹細胞マーカーであるc-kitを用いると,成人肺よりコロニーを形成する細胞を分離することが可能で,肺組織幹細胞マーカーの候補となり得ると考えられた(New Engl J Med365:464-466,2011).しかし,このc-kit陽性細胞は成人肺にはほとんど存在せず反対に胎児肺の内皮細胞に多く存在することから,ヒト肺血管内皮の前駆細胞である可能性が示唆された. AEPCsは上皮系の幹細胞で有り,c-kit陽性細胞は内皮系の幹細胞であるため,これら細胞を用いることによって,細胞相互間の影響が解明できると考える. 3.AEPCs cell lineの拡充 昨年度に引き続き,東北大学病院呼吸器外科および石巻赤十字病院呼吸器外科の協力の下,同意が得られた肺切除症例より肺組織の提供を受け,AEPCs cell lineを拡充を行った.
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今後の研究の推進方策 |
いままで存在が確認されていなかったヒト肺組織由来幹細胞の研究である.難治性肺疾患の多くは,加齢と環境曝露によって発症する.本細胞は,疾患肺より抽出した細胞であるため,加齢や環境曝露によるエピゲノム修飾を受けた細胞群である.この貴重な細胞を用い,今後このエピゲノム修飾にも研究を進め,難治性肺疾患に対する新たな治療戦略を開発していき,組織を提供していただいた患者さんへの還元を目指す.
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