術後癒着発生のメカニズムを検討した結果、手術創部で障害を受けた無数の細胞が組織修復を行う目的で多量の細胞成長因子を出し、出血や組織液漏出などで形成されたフィブリン網にトラップされ、それに誘発されて線維芽細胞が侵入することが原因であり、周囲臓器との間に形成されたフィブリン網にコラーゲン線維網が置換され恒久的な癒着となる事が判明した。一方の基礎研究から細胞が含水率の高いマトリックス内で増殖やコラーゲン線維産生等を行わないことも明らかにした。これらの事象を合わせ、創部と周囲臓器との間に含水性の膜を置く事で線維芽細胞などのコラーゲン線維を産生し癒着を生じさせる細胞の活動を抑えると共に、含水性膜にグリセリンを含有させることで周囲組織から水を吸着し、水の流れを創出することで創部から産生される細胞成長因子が過剰に創部付近に付着し続ける事を阻止することで癒着が阻止出来るとの仮説を立てた。 本仮説が正しいことを実証するために、手術によって必ず癒着すると考えられる胸壁で肺組織への癒着阻止が可能かどうかの実験を行った。グリセリンを含ませ、含水性の膜を作る為には、ゼラチンとヒアルロンサンの膜をそれぞれ作成した。前者はガンマー線架橋、後者はカルシュームなどの配位結合を活用し不溶化した膜を製造した。それぞれにグリセリンを含有させた。 動物実験としては、成犬を全身麻酔し、清潔下に第6肋間から開胸し、手術操作を行った後に肺組織の上に作成した膜を置いた。術後3週間で検討した結果、膜を置かなかったグループも、グリセリンを含ませないグループも、また対照に選んだ臨床使用のセプラフィルムでも癒着を防ぐことができなかったが、作成したゼラチン膜もヒアルロンサン膜でも癒着を阻止した。この結果、仮説が正しいことが判明した。以上の結果から臨床使用可能な癒着防止膜の設計に取り組む資料を得た。
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