研究課題
脊髄損傷は損傷部位より下位に重篤な機能障害をもたらします。その病態は複雑であり有効な治療法が開発されていません。我々は、医療廃棄物であるヒト脱落乳歯や抜去した親知らずから採取した歯髄幹細胞による新しい脊髄損傷治療の可能性を見いだしました。さらに歯髄幹細胞が3つの再生メカニズムを発揮することで中枢神経を再生することを明らかにしました。完全に切断したラット脊髄に歯髄幹細胞を移植すると下肢運動機能が回復します。移植した歯髄幹細胞は、(1)神経保護効果:神経損傷に伴う脊髄細胞の死を効率に抑制します。(2)抗-軸索伸張抑制因子効果:中枢神経の損傷部位にはグリア瘢痕が形成されます。グリア瘢痕は、神経軸索の伸張や再生を抑制する様々な分子を産生し神経再生を抑制します。歯髄幹細胞から分泌される因子は、グリア瘢痕由来の軸索伸張抑制分子の効果を抑制し脊髄神経の再生を促します。(3)細胞補給効果:中枢神経では軸索を覆う髄鞘によって神経伝達速度が維持されていますが、神経損傷によってこの髄鞘を形成する細胞(オリゴデンドロサイト)が消失します。脊髄損傷部位に移植した歯髄幹細胞は、オリゴデンドロサイトに特異的に分化し髄鞘の再生に貢献します。重要なことに治療効果(2)および(3)は他の生体幹細胞では報告のない、歯髄幹細胞に特異的な神経再生能力でした。実際、歯髄幹細胞移植による下肢運動機能の回復効果は、骨髄由来の幹細胞より強力であることが明らかとなっています。さらに、歯髄幹細胞は不要となった生体組織から採取可能であるため幹細胞採取による生体侵襲は無視できるほどです。またラット脊髄に移植した歯髄幹細胞の腫瘍形成能は検出されませんでした。本研究成果は有効な治療法のない脊髄損傷の治療に新しい可能性を提供するだけでなく、医療廃棄物の有効利用に道を開く画期的な研究成果です。
2: おおむね順調に進展している
完全に切断した脊髄に移植した歯髄幹細胞が3つの神経再生効果で機能回復に寄与することを報告した。この研究成果はJournal of Chnical Investigationのニュースで取り上げられただけでなく、確認しただけでも50社の以上の国内外報道機関で取り上げられる極めてインパクトの高い研究成果として発表することができた。3年前に本研究プロジェクトを立ち上げてから短時間で大きな成果を得ている。また、この発表は歯髄幹細胞の神経分化能の詳細な検討にも大きく貢献するものであった。移植した歯髄幹細胞が脊損環境下でオリゴデンドロサイトに特異的に分化することを確認している。
今後の課題は、1)歯髄幹細胞の神経分化能の解析、2)歯髄幹細胞の培養上清を用いた治療法の開発、3)慢性脊髄損傷への治療法開発、4)霊長類モデルを使った神経再生研究に関し研究を進める。
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