音場再生システムの制御器の設計手法に関して,クロストークキャンセルの効果を評価する制御誤差の時間波形と,音響伝達関数の等化の効果を評価する制御誤差の時間波形に異なる重みを乗ずることにより,どちらか一方の制御効果を強調できる制御器の設計手法を構築した。その設計手法を用いた音場再生システムを実現し,音像方向定位についての主観評価実験を行った結果,音響伝達関数の等化の効果を強調するような重み付けをして設計した制御器を用いると,音像の前後誤りが改善される傾向が見られた。 さらに,ゲインスケジューリング制御(GS制御)理論を用いた,制御対象の変動に応じて制御則を自己調整することが可能な制御器の設計手法を構築した。これまで音場再生システムを構築する際には,制御対象となるHRTF(頭部伝達関数,Head Related Transfer Function)を時不変なものとして制御器を設計することが一般的であったが,実際にはHRTFは温度や湿度などに依存して時々刻々と変動する。特に温度変化はHRTFのピーク・ディップ周波数の変動につながるため,音響伝達関数の等化を制御目的の一つとする音場再生システムにおいては,その制御性能が劣化する可能性がある。そこで,制御対象が観測可能なパラメータに依存するようなモデル化が可能な場合に有効な制御手法である,GS制御理論の音場再生システムへの導入を試みた。GS制御理論では,観測可能なパラメータの関数として制御器が実現されるため,適応アルゴリズムによる制御器の更新・収束計算などせずに,制御対象の変動に追従した制御効果が得られるという利点がある。室温が変化する場合を想定した音場再生システムの計算機シミュレーションを行った結果,GS制御理論を用いた音場再生システムでは,室温変化に伴う音響伝達特性の変動が生じている場合でも,制御性能の劣化が生じないことを確認できた。
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