研究概要 |
音楽の基本的要素である調性の神経生理学的基盤を求めることが本研究の目的である.我々は単にドレミファソラシドという長音階と,ラシドレミファソラという短音階を聞いただけでも,前者は明るく,後者は暗く感じる.さらに3つの音を同時に響かせる和音として,長音階における主和音であるドミソを聞いたときと,短音階における主和音であるラドミを聞くと,やはり前者が明るく,後者が暗く感じる.これは万国共通だと思われる.そこで本研究では,長短の音階とそれらの主和音に対する脳の反応を,MEG(脳磁界)とfMRI(機能的MRI)を用いて研究する.本年度までに得られた結果は以下の通りである.実験の協力者はすべて非音楽家である. 1.長音階でどの1音を省略しても,MEGにおいて有意な反応が見られた.それは長期記憶に蓄えられた個人の経験によることが分かった. 2.導音と呼ばれる(ハ長調ではロ音に相当する)音の省略に対するMEGの反応が一番大きかった.また導音を強調するような音階の変形に対しても大きく反応した. 3.短音階に対する実験はまだそれほど数を重ねていないが,自然的短音階と和声的短音階とでは,それらの導音(または導音に準ずる働きの音)の省略に対する反応が,両短音階で異なったことが非常に際立った. 4.長・短三和音を聞いたときの脳反応をfMRIで調べたところ,短三和音に対して,情動と係るとされる部位の活動が活発に見られた.しかしながら,長・短音階に対するfMRIの結果では情動と関連する部位に際立った活動が見られなかった. 5.MEGのいわゆるoddball実験の結果を表示する方法として,反応がない所での分散が少なく,反応に対するバイアスの少ない方法を開発・提案した. 上記1.2に関する詳細をまとめてJournal of Acoustical Society of Americaに投稿し今年6月にonline掲載,7月以降に本誌掲載が決定している.5.に関しては昨年度,日本生体医工学会誌に投稿し,掲載された.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
音階の1音省略に関する実験結果を15ページ程度の論文にまとめて,Journal of Acoustical Society of Americaのに投稿し,本年7月以降に掲載されることが決定した.少なくとも長音階に対するMEG研究は一段落着いた.自然的短音階と和声的短音階に対する反応の差も新しい発見であった.また,fMRIを用いた長・短三和音の反応研究も一段落ついて,これからはより多くの和音に対する反応を調べる予定である.
|
今後の研究の推進方策 |
短音階に対する反応の測定がまだ統計的に測定数が不足しているので,これを補う.また和声の実験には減三和音,増三和音などの不協和音を加えて測定する.さらにトレモロ奏法を模した刺激を用いて和声の効果を高めた場合の反応も計測する.本研究の最大の問題点は個人差の大きさであり,個人差を超えた共通部分を求めるのか,個人差に注目するのかが方法論の分岐点となる.私としてはもう少し個人に重きをおいた研究をすべきと考えているので,個人データの個人内での統計的扱いについて方法論的な研究を続けたい.
|