本機を設計・安定した低流量電子スプレーを空気中で発生させる実験条件を最適化した後、先端を溶液に浸しても内側ピペットに電圧を加えている間は液体がピペット先端に入らないような現実的モデルを作成した。 次に、ナノ電子スプレーの先端を塩溶液/細胞培養液に浸し、標的細胞の近傍によせた状態で評価した。電子スプレーの先端をマイクロマニピュレータに接続し、落射蛍光顕微鏡で観察しながらチャンバー内の液体に浸したところ、内外ピペットの間の空間に精確に調節した圧力をかけることにより、スタンバイ(=電圧をかけていない)状態で電子スプレーの疎水性先端部への液体の侵入を防ぐことができた。 次に、蛍光色素を入れた内側ピペットに直流バイアスの交流電圧をかけたところ、はじめは(1)ピーク時50~250nAの電子スプレーパルス電流が流れ、(2)外側ピペットの内側がやや蛍光で染まり、(3)開口部にも蛍光が確認できた。さらに、ピペット先端近傍の神経細胞も急速に染まった。しかしその直後(1-2分後)、電流が急激に大きくなると同時に外側ピペット先端が蛍光色素で満たされ、培養液中にも漏れた。このことは、(1)内側ピペット先端で生成した荷電粒子は次第に外側ピペット内壁に蓄積し、想定したとおりにイオン収束効果を発揮するが、(2)この収束効果では、液滴が限界密度に至るまで蓄積し終には膜となって外部塩溶液を先端に引き込んでしまうのを避けることができないことを示唆している。 初期に観察された近傍神経細胞の蛍光は、いくばくかの色素が細胞内に到達したことを示している。しかし、蛍光タンパクをコードするプラスミドをスプレー液の中に入れてもその発現は確認できなかった。このことから、今回の手法は小分子には有効だが、上記の先端の問題が示すとおり電圧とスプレー照射時間に限界があるため、より大きな分子の導入には不適当であるとわかった。
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