本研究は学習記憶およびシナプス可塑性において発現量の変化するmicroRNAを同定し、その脳内での作用機序を解明することを目的とする。その目的を遂行するために、今年度はマウスの学習記憶の評価および脳スライス標本を用いたシナプス可塑性の評価系の確立を目指した。そのモデル系として、樹状突起スパインの形態と機能に重要なドレブリンAのノックアウト(DAKO)マウスを用いた。このマウスは胎生期から様々な組織で発現しているドレブリンEから脳特異的で樹状突起スパインに集積するドレブリンAへのアイソフォーム変換が起こらない。外見上目立つ異常は認められないが、文脈依存的な恐怖条件づけ学習に障害が認められることがわかっている。その行動表現型を詳しく調べてみると、その障害は週齢に依存することがわかった。すなわち生後半年以上経過した老齢のDAKOマウスで見られたが、若齢(3週令)のマウスでは見られなかった。一方、海馬非依存的な音依存的な恐怖条件づけ学習は老齢のDAKOマウスでも正常であった。この週齢依存的な行動表現型の細胞基盤を探るために海馬スライス標本でCA1シナプスの高頻度刺激で誘発されるシナプス伝達の長期増強(LTP)を調べたところ、行動表現型と一致して週齢依存的にLTPの障害が認められた。すなわち、生後半年以上経過した老齢のDAKOマウスでLTPが減弱していたが、若齢(3週令)のDAKOマウスでは野性型と変わらない大きさのLTPが誘発された。以上から、成体脳でドレブリンEからAに変換することは、海馬シナプス可塑性と海馬依存的学習に重要であることが示された。また、この行動テストとスライス標本を用いた電気生理学的手法は、シナプス可塑性や学習記憶の機能を評価する系として有用であることが示されたので、今後はこの系を用いて学習記憶にはたらくmicroRNAを同定する研究を実施する予定である。
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