本研究の目的は、従来、脳の支持細胞として位置づけられてきたアストロサイトの生体脳における役割の一端を明らかにするものである。そこでアストロサイトに由来する物質分泌すなわちグリオトランスミッターの放出が神経シナプスの形態構築や生理機能にどのような影響を及ぼすのかについて、アストロサイトで特異的に遺伝子発現を誘導するモデルマウスを用いて解析を行なった。本年度は理化学研究所との共同研究によって、いわゆる「Tet-Off」実験系を利用したアストロサイト特異的なグリオトランスミッターの開口放出を誘導しうるのに必要なカルシウム濃度の上昇をモデュレートするトランスジェニックマウス系統(IP3-sponge Tg)において形態学的に解析を行なった。このTgマウス系統のアストロサイトにおいてどの程度の精度と割合で細胞内カルシウム濃度が変化させうるのかについて、導入遺伝子の発現指標となるLacZレポーターと内在性アストロサイトマーカータンパク質であるS100bとの共染色法によって定量的に分析したところ、大脳皮質体性感覚野、海馬(CA1およびDG)および扁桃体などにおいてほぼ100%(一部、海馬DGでは92%)の細胞で正確にその効果を発現しうることが明らかとなった。また、海馬CA1領域において、アストロサイトの足突起がシナプスを取り囲む構造であるトリパータイトシナプスの微細構造を電顕レベルでその接するパターンから4つのタイプに分類して解析した結果、アストロサイト内のカルシウム動態を変化させたTgマウスでは、足突起と接しないタイプのシナプスの形成頻度が有為に亢進していた。以上のことにより、アストロサイトで特異的に細胞内カルシウム動態を変化させることによって微細構造レベルでの異常が誘起され、生理学的なグリオトランスミッターの開口放出過程にも何らかの障害がもたらされている可能性が推測される。
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