研究概要 |
近年,背景に提示された知覚閾下で運動する視覚情報,すなわち「見えざる運動」によって,中心窩に提示された視覚パターンの認知パフォーマンスが低下することが示された.fMRIによる脳イメージング解析により,無意識下で進行する視覚運動情報処理によって,注意機構によるトップダウンの抑制が十分に機能しなくなることが示唆されているが,生体信号などの客観的な生理指標に基づいた評価は未だなされていない.本研究は,固視微動の統計的解析に基づいて,「見えざる運動」の影響で注意機構が正常に機能していない状態を客観的かつ定量的に評価し,このとき生じる認知レベルの低下を正確にモニターする技術の開発を目指すものである.固視微動のうち,マイクロサッカードと呼ばれる微小な視線のジャンプは,その発生頻度が注意機構の影響を受けることが知られることから,本研究では,まずマイクロサッカードの発生頻度への影響について分析を試みている.本年度は,マイクロサッカードの自動検出アルゴリズムの構築に取り組んだ.マイクロサッカードの検出には,メディアンフィルタ等で前処理した後,1次あるいは2次微分量の変化に基づいた閾値処理が適用されることが多いが,計測系ノイズの影響により精度よく抽出することは困難である.そこで,順序統計量と低域微分フィルタを組み合わせた新たな非線型フィルタを提案し,これを用いることでマイクロサッカードの検出精度の向上を実現した.次に,マイクロサッカードの発生機序において,高次視覚系がどのように介在しているのかを確認するために,中心窩に提示された視覚パターンの検出に注意が集中されている場合とそうでない場合とでマイクロサッカードの発生頻度が影響を受けるのかを確認するための実験を行った.その結果,注意の集中度合いが高いほど,マイクロサッカードの発生が抑止されることが示された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の成果として,視野内の「見えざる運動」の存在によって中心窩の認知パフォーマンスが劣化すること,および,このときにマイクロサッカードの発生頻度が影響を受けることを示した.今年度は,より正確なマイクロサッカードの検出手法を提案するとともに,高次視覚系とマイクロサッカード制御系の関係を明らかにし,基本的性質を確認した.よって,研究はおおむね順調に進展しているといえる.
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今後の研究の推進方策 |
これまでのところ,固視微動中のマイクロサッカードにのみ焦点をあてて分析してきた.著者らのこれまでの成果により,ドリフトと呼ばれる注視中の揺らぎ成分もまた高次視覚系の影響を受け,特定の周波数帯域に注意の集中度合いの効果が生じることが示されている.今後はドリフトを解析対象とし,周波数解析などにより,「見えざる運動」による影響の数値化を試みる。さらに,検出可能な運動情報を提示し続けている間,適当なタイミングで意識に上らない運動情報を提示する実験を実施し,マイクロサッカードの発生頻度への影響を確認すると共に,時間周波数解析などを用いて眼球運動の揺らぎの変動を分析する予定である.
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