細胞の分化誘導について、従来の生物学的手法(液性の生体シグナル因子添加や遺伝子導入での制御)ではなく、細胞が培養時に接着する基材の表面微細構造のみで制御する新たな技術開発を進めた。微細な培養環境は、100nmスケールで精緻なパターン描画が可能な電子線リソグラフィーを基盤とした独自の細胞パターニング技術を用いて作製した。本年度は、ヒト胎盤由来間葉系幹細胞(hpMSC)の分化誘導とその機構解析をさらに進展させると共に、体細胞であるアストロサイトの分化誘導も検討した。 hpMSCは幅500nmの微細な溝パターンで培養し、溝の深さを100nmまたは400nmに変化させて分化挙動を比較した。qRT-PCRでの定量的なmRNA発現解析では、深さ400nmにおいて神経分化マーカーnestinおよび骨分化マーカーOCNの平均発現量が共に100nmよりも約2倍に増大した。一方、パターンへの接着斑形成は400nmの方が小さく(抗P-paxillin免疫染色で評価)、II型ミオシンの機能阻害剤blebbistatinの添加はnestin発現量変化へ顕著な効果を示さなかった。これらより、これまでに議論のあった「接着斑からアクチンファイバーを介したメカノストレス伝達」以外のhpMSC分化誘導機構の存在が示唆された。 アストロサイトは、in vivoでは線維状突起を伸長させた星状形態を呈し、グルタミン酸トランスポーターGLT1の発現が亢進する。一方、通常のin vitro平面培養では広く伸展した形態へと変化しGLT1発現も低下する。ここで、100nm幅のナノ溝パターンを十字に組み合わせたパターン上培養でアストロサイトを疑似星状形態へ誘導すると、GLT1発現が平面培養との比較で5.7倍に増大した。すなわち、ナノパターンでの形態操作によるin vivo-like な形質誘導制御の可能性を見出した。
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