近年の大規模な疫学調査や介入研究は、継続的な運動・身体活動の実践が我々の身心の健康に多様な恩惠効果を与えてくれることを示している。よく知られているのは、脂肪燃焼や筋力低下抑制による生活習慣病の予防効果であるが、それにとどまらずストレス、不安、抑うつの軽減や記憶・学習能の向上、等の効果が得られ、これらは身体的効果の副次的なものではなく、脳への直接的効果によるものであることが明らかにされてきている。しかし、運動が脳神経系にどのように影響しで運動の癒し効果"を発現するのか、その脳内神経機構や有効な運動条件については依然として解明されていない。本研究では、ストレス関連精神疾患の予防・改善に向けた脳への有益な効果を発現させる運動条件を確立するために、各種運動時の脳神経活動の定性的・定量的解析と行動変容の定量的検討を合わせて、運動による脳機能構造への影響及び可塑性について明らかにする。今回ターゲットとした脳部位は、中脳縫線核(セロトニン神経;抗うつ・抗不安作用)、視床下部室傍核(CRF神経;ストレス反応)である。運動条件としては、運動様式(自発運動と強制運動)および運動強度(低強度と高強度;乳酸性作業閾値以下と以上)の違いに焦点をあてた。まず自発運動と強制運動の比較においては、運動量は同一に統制したにもかかわらずCRF神経の活動は強制運動でのみ高く、一方、セロトニン神経活動は自発運動においてのみ高かった。また運動強度の違いにおいては、運動時のCRF神経活動は運動強度依存的に増加し、セロトニン神経活動は低強度運動でのみ増加した。その際の行動テストの解析から低強度運動でのみ不安様行動が減少する傾向にあった.以上のことから、運動の癒し効果を最大限に享受するためには、CRF神経の活動を過剰に高めることなくセロトニン神経活動を賦活させる低強度運動・自発運動が有効である可能性が示唆された。
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